P6 夢の逢瀬(おうせ)

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P6 夢の逢瀬(おうせ)

 旦那様は今日も「帰りが遅くなるので夕食は先に済ませるように」と言い置いて、お仕事にお出かけになりました。もちろん、あのお方が寄り添うように付き従っておられます。  ですからわたくしも、今日は外で食べて帰るので夕食の支度は不要である旨を使用人たちに伝えました。  こうして使用人たちが楽をできる日を作ってやるのも、侯爵夫人であるわたくしの役目というものでございましょう。  今日はエスピーア様とイリュリアにいくつかある画廊をめぐるお約束です。  エスピーア様は日頃は北部の領地にいらっしゃるので、この王都のお店のことはあまり詳しくご存じないのだとか。お仕事で、王都で風情のある絵をいくつか手に入れなければならないのに、どの店を回ったら良いのか見当がつかずに困っておられたのです。  それで、王都に生まれ育ち、社交界の華でもあるこのわたくしが、ご案内することになりました。    待ち合わせをお約束した外宮の庭園に参りますと、エスピーア様は既にいらっしゃっていて、木陰のベンチで何かの書類をご覧になっていました。  エスピーア様は輝くような蜂蜜色の髪と新緑のような若葉色の瞳をお持ちの、明るく朗らかな美男子です。こうして無造作に書類を読んでいるだけのお姿でも、一幅の絵のような美しさ。  癖の強い黒髪に氷のように澄んだ蒼い瞳を持つ旦那様も際立って美しい方ですが、冷ややかで鋭い目つきが少し恐ろしく、冬の吹雪のように近寄りがたい雰囲気がございます。  それに引き換えエスピーア様は常に甘い笑みを湛えておられて、明るく軽やかな雰囲気をまとっておられます。  そんな彼とご一緒しているだけで心が軽く浮き立ってくるのは、なにも不思議なことではございません。  わたくしは春の木漏れ日のように明るいエスピーア様とお会いして、ここ数日のもやもやした気持ちがすっきりと晴れていくのを感じました。
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