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「パトリツァ夫人、今日は『エラヴィッラ』を予約してあります。画廊を巡った後で、一緒にお食事を愉しむ栄誉を与えて下さいますか?」
「まぁ、イリュリアのグランドメゾンでも特に人気の高い、あの『エラヴィッラ』を?」
三十年前にカロリング王国が瓦解して、料理ギルドが解体されました。そのため、素晴らしい料理を作る技能を持つ使用人達が貴族という雇用主を失い、独立して店を構えるようになったのです。
中でも、グランドメゾンは王侯貴族のもてなしにも使われるほど。洗練された品格ある店内で宮廷料理に勝るとも劣らない素晴らしい料理を楽しむ、まさに夢のようなひと時を味わうためのお店でございます。
「ええ、運よく東方風の趣向を凝らした特別室をとることができました。今日のお礼にぜひ私の招待を受けてください」
グランドメゾンでは、フロア席と個室席があり、個室席は食後にゆっくりと休憩できる控室がついているものもございます。
フロア席は裕福な平民が利用することも多いので、わたくしたちのような高位貴族は個室を利用することが一般的。
中でも異国情緒あふれる特別室はきわめて人気が高く、高位貴族の伝手を使っても、そう簡単には予約が取れるものではございません。
「まぁ、お礼なんて。かえって過分なおもてなし、恐縮ですわ」
「それだけではありません。夫人はこんなにも健気で美しいのに、ご主人にないがしろにされて苦しんでおられるのです。せめて異国情緒たっぷりの素晴らしい時間をお贈りして、わずかなりともお慰めしたいと思いまして」
「まぁ、なんというお心遣いでしょう。わたくし、そのお志だけでも胸がいっぱいです」
「屋敷にご招待しようかとも思ったのですが……何しろ田舎のしがない子爵家でございます。恥ずかしながら、夫人にご満足いただけるようなおもてなしができるか心もとなくて」
「お気遣いありがとうございます。三十年前ならいざ知らず、今どきの貴人にとって、互いの屋敷での晩餐はもう古うございますわ。若くて粋な方々は、みなグランドメゾンでその都度違った得意分野を持つ料理人たちの趣向を愉しむものです。わたくしも今宵がどのような趣向のお席なのか、今から楽しみでございます」
温かなお心遣いに素直の気持ちを述べますと、エスピーア様は控えめに微笑んで「私も楽しみです」とうなずいてくださいました。
ああ、今宵は素晴らしい夜になる予感がします。
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