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彼女は高位貴族の妻としてあからさまに不適格な人物だ。ここまで不行状で悪名の高い女性であれば、俺が彼女に愛情を抱けなかったとしても、ほとんどの人間は彼女のせいだと考えて、俺に問題があるとは思わないだろう。
侯爵夫人として尊重し、家族としての情だけを育むように努めれば、夫としては充分に務めを果たしたことになるのではないか。
自分でもクズだとは思うが、当時の俺は何の愛情も抱けない相手を口説かなくてすむ立場になれた事への喜びでいっぱいだった。それが彼女の目には、彼女との婚約そのものを喜んでいるように見えてしまったのかもしれない。
数少ない親交のある人には「わたくしはついにあの氷の貴公子の心すら射止めたのですわ。これでわたくしも名実ともに社交界の女王ですわね」と自慢していたそうだ。
冗談ではない。あんな阿婆擦れに絆されてたまるか。
どうせ俺の事は財布兼アクセサリー程度にしか思っていないくせに。
婚約後も正式な婚姻まで毎日のように男を咥えこむ彼女を、内心では激しく罵り嫌悪しながら、腹黒い俺は表面だけ穏やかな笑みを浮かべ、彼女を尊重している振りをした。
本当は自分でもわかっている。
あの女が妻として、あるいは家族として愛情を抱くことが難しい人物であることと、俺があの女を愛する事ができないのは別の問題だ。
たとえ王命で婚姻させられる相手がまともな女性であったとしても、今さら恋愛感情を抱くことなど到底できないのは、俺自身の問題だ。
それなのに、俺が彼女を愛せないのは彼女自身の不行状のせいだと、自分で自分に言い聞かせて、俺は悪くないと思い込んでいた。そんな心理状態で、彼女と家族としての信頼関係や愛情など築きようがないというのに。
だから彼女は俺にとって何よりも大切な、俺自身の生命よりもずっとかけがえのないものを容赦なく奪って行ったのだろう。
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