P7 疎外感

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 さて、今日はどうやって時間をつぶそうかとぼんやり邸内を歩いておりますと、両手いっぱいに書類を抱えたあの方に出くわしました。これから旦那様と役所に出勤するご様子です。 「毎日毎日、我が物顔にわたくしの屋敷をうろついておりますが、ここはお前の家ではございませんのよ。これ見よがしに忙しそうに振舞って、わたくしへのあてつけでしょう?」 「おはようございます、侯爵夫人。何かお気に触ったようで申し訳ございません。もしや、夫人もご主人の手助けをしたいとお考えでしょうか?ならば領地の帳簿などをご確認いただければ……」 「お黙り。わたくしのような高貴な夫人が帳簿なぞ見るわけないでしょう。だから下賤(げせん)なものは嫌なのです。いつもあくせく働くばかり、優雅さの欠片もないのですから」 「それは失礼いたしました。では貴婦人らしく刺繍でもされてはいかがでしょう? そうそう、近頃ではイリュリアの貴婦人の間で絵を描くのも流行っているらしいですよ。アニサ王女のサロンではさまざまな楽器の合奏をされているとか。お招きがあった時のために何か練習されるのも良いかもしれませんね。それでは私はこれより出勤ですので、失礼いたします」  立て板に水とばかりにまくし立てたかと思うと、書類を抱えたまま器用に一礼して立ち去るあの方を、わたくしはただ歯噛みしながら見送りました。
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