P7 疎外感

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 悔しいですが、大量の書類を抱えて早足で歩いていても、あの方の優雅で儚げな美しさは損なわれません。口汚く罵られても、控えめな笑みを絶やさず、丁寧に対応されます。  あの取り澄ました顔を嫉妬や屈辱で歪め、はしたなく喚かせることができたなら、どれほど溜飲(りゅういん)が下がる事か。  それに引き換え、わたくしはなんと惨めなんでしょう。  社交界の華であるわたくしは日々茶会や夜会に忙しく、刺繍のような下らない手慰(てなぐさ)みにうつつを抜かす暇はございませんでした。絵を描けばドレスが汚れてしまうと、今まで絵筆を握った事すらございません。楽器など指が(いた)むとこの年齢になるまで一度も触った事がなく。  ですから、今日のように誰からもお招きがない日には、何をして良いのかわからず途方に暮れてしまうのです。  わたくしはこの家の中だけでなく、社交界でももはや居場所はないのでしょうか。そんなはずはございません。  わたくしこそがご令嬢ご婦人方の羨望の的、社交界の華でございます。  しみったれた刺繍や汚らしい絵画のような賤しい趣味がなくても、その華やかな輝きに誰もが憧憬(しょうけい)称賛(しょうさん)の眼差しを送るべきなのです。  わたくしは憤然(ふんぜん)として自室に戻りました。
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