E12 疑惑の娘

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 夕食の席では、ティコス家の娘プルクラがいかに美しく聡明で優しい娘で、流行に敏感で様々な娯楽に通じており、話していて楽しい存在かを延々と話していた。  そして近日中に巷で人気の芝居を一緒に見に行こうと誘われているのだと。  できれば屋敷に招いてゆっくり二人で過ごしたい、と言われて少々思案する。  ティコス家は教会を隠れ蓑にした児童買春と人身売買に深く関わっている疑いのある家だ。  しかし、人気のある芝居の舞台であれば、公共の場で人目も多いのだからおかしな事にはなるまい。  まして、我が家に一人で乗り込んできてもたいしたことはできないだろう。  パトリツァもこんなに喜んでいて上機嫌だし、うまくするとあちらの手の内もわかるかもしれない。  あまり警戒した態度を取れば、捜査の手が間近に及んでいる事を悟られてしまうだろう。  ここは快諾した方が良さそうだ。 「貴女がわざわざお一人だけ屋敷にご招待するということは、よほど親しいお友達なのですね。丁重におもてなしするよう、皆に申し付けておきましょう。ぜひ楽しい一日をお過ごしください」  意識的に優しい笑顔を作って答えると、パトリツァはやはり一瞬だけ嬉しそうな顔をしたものの、すぐに面白くもないという顔に戻って「当然だ」と言わんばかりにフン、と鼻を鳴らした。  可愛げがないことおびただしいが、まぁ仕方ない。  夜、久しぶりに寝室を共にする羽目になった。  うまく務めを果たせるか不安だったが、背後から赤い髪だけを見つめて、常に傍らにある輝くような茜色を思っていたら何とかなった。  とりあえずは義務を果たせたことに安堵するとともに、事後とてつもなく罪悪感にかられてしまう。パトリツァに対しても……何よりディディに対しても。  たとえ妄想の中であっても、 彼を(けが)すような真似はしたくない。それに、身代わりにされていると気付いたらパトリツァも惨めだろう。  やはり政務を口実に極力私室で休むようにしよう。
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