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耐えられなくなったわたしは観念して生け垣から出ていくことにした。不審者じゃないよ、と敵意がないことを示すためできる限りの笑顔を作った。慣れていないからか、頬のあたりの筋肉がヒクヒクと震える。
女の人の顔を見る。睨んでいるのもあって鋭く切れ長の目をしているからか、全身から冷え切った雰囲気を醸し出しているけど、やっぱりとても綺麗な人。
じっと見ていると、どこか、その顔に既視感を覚えた。
「……もしかして、織香先輩?」
「そうだけど。何?」
瞬間、わたしの顔は燃え上がってしまうんじゃないかってくらい熱くなった。まさか、憧れの人が目の前にいるなんて。
澤谷織香先輩。織香先輩は同じ高校に通っている二年上の先輩で、わたしの憧れの人。といっても、人気者というわけでもなくて、むしろ一人で居るのをよく見かける。
でも、周りに人が居ようが居まいが変わらずに自身を貫く姿に、孤独ではなく孤高な雰囲気を思わせて、わたし一人が勝手に憧れては目で追ってしまうのだ。
「あ、あああ、あの、わ、わたし、犬養麻有里ですっ。織香先輩と同じ高校に通ってます。一年生です」
緊張と少しの怯えで声が震えていた。すごくカッコ悪い。
「なんで隠れてたの?」
「あ、あの、その、じ、邪魔しちゃいけないと思って、その、歌ってるのが、すごく、か、格好良かったのでっ。ご、ごめんなさいっ」
言い終わるのが早いか、わたしは勢いよく頭を下げた。そのまま、次の沙汰を待ってたけど、どれだけ待っても先輩は何も言わなかった。
どうしたんだろう、と恐る恐る顔を上げる。先輩は顔を逸らせてこちらを見ていなかった。腕で顔が見えないように隠してたけど、見るからにその頬は真っ赤だった。
照れてる? 可愛い。
憧れの先輩のまだ見ぬ一面に、わたしはドキドキしてしまう。心臓の鼓動が早くなる。悪い気分じゃない。もっと、もっと、と心がワガママにせがんでくる。
「あの、先輩の歌。聴いていてもいいですか?」
尋ねると、先輩は「え?」と一瞬頬を引き攣らせたけど、一つ呼吸をすると、調子を取り戻したのか「好きにして」とさっきまでの澄んだ声で返した。
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