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 次の夜から、わたしと先輩のギターの練習。もとい秘密の逢瀬が始まった。 「こんばんはっ。よろしくお願いしますっ」 「……本当に来たんだ」 「はいっ。先輩と約束したので」 「まあ、好きにしなよ」 「はいっ。好きにしますっ」  ちゃんと話してみると、それまでわたしが感じていた、人を寄せ付けない孤高な雰囲気に反して、先輩はかなり面倒見のいい人だった。  ギターはお姉ちゃんが何年か前に、好きなアイドルが映画で弾いていたのに憧れて自分も弾こうと買ったけど、一ヶ月もしないうちにしない挫折してしまった物を勝手に持ってきた。白くて可愛らしいアコースティックギター。  何年もクローゼットに放ったらかしになっていたせいで、見るからに弦は錆びてユルユルになっていたギターを、先輩はわざわざ道具を持参して手入れしてくれた。  それに、ギターの弾き方だって、何も知らない、ギターにおける音階であるらしいコードという言葉すら知らなかったわたしに、手取り足取り教えてくれた。 「……って感じなんだけど、分かった?」 「先輩の指がすごく早く動いてることしか分かりませんでした」 「……もう一度見てて」 「はいっ。何度でも見ますっ」 「……」  その殆どを、わたしの指に触れる先輩の指の温度や感触、肌が触れそうになるくらいに近づいた先輩の息遣いや体温にだけ神経を集中させていたせいで、胸がドキドキして、何も頭に入ってこなかった。  そもそも、わたしはギターが弾けるようになりたいわけではない。ただ、先輩とお近付きになる方法として、ギターを選んだだけだ。上達する気なんてサラサラ無い。むしろ、うまくならないほうが先輩にずっと手取り足取り教えてもらえるとすら思っている。  こんな邪で向上心のない人間が、上達するはずがない。  それなのに、先輩は突き放すことはせず、変わらずつきっきりで教えてくれる。その優しさがわたしだけに向けられているのだと思うと、気を抜いたら先輩に抱きついてしまいそうなくらいに嬉しかった。そんなことをしてしまったら、嫌われてしまうかもしれないからできないけど。  学校では先輩は変わらず一人で歩いてるのをよく見かけた。変わったことといえば、わたしが先輩に声をかけるようになったことだ。  移動教室の途中にすれ違った時に、体育の授業で先輩がグラウンドに居るのを見かけた時に、登下校の時、昇降口で見かけた時に、わたしは「せんぱーい」と大きな声で呼びかけた。本当は近づいて声をかけたかった。もっと言うなら手を握りたかったけど、先輩が迷惑しちゃいけないから自重した。  声を掛けてくるわたしに対して、最初こそ先輩はちらりとこちらを見るだけで反応してくれなかったけど、徐々に態度は軟化して、今では恥ずかしそうにしつつも小さく手を上げて返してくれるようになった。だいぶ距離が縮まった。
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