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 いつも使っている教室のある本校舎から渡り廊下を通り、化学室や音楽室教室といった特別教室の集まった第二校舎に入る。  言われた通り、物理講義室に先輩の姿を見つけてわたしは声をかけようとした。 「せんぱ……っ」  けれど、咄嗟に口を閉じた。それどころか、入口の戸の影に隠れた。  見つからないよう、そうっと講義室の中の様子を窺う。  窓際の席に座る織香先輩。そして、前の席で椅子を後ろに向けて座るなんだかぼんやりとした顔の、これといって特徴のない地味な男子。あれは、誰だろう。  向かい合った二人はなにか話しているが、戸が閉まっているせいでうまく聞き取れない。ただ、普段とは違う緩みきった織香先輩の表情から、二人が親しい関係なのは読み取れる。  わたしには、あんな表情見せてくれたこと無いのに。  わたしの中で沸々と何かが熱を帯びてくる。火が焚べられる。悔しい。妬ましい。そういった気持ちがお腹の下のあたりに渦巻く。  まるで二人専用のシェルターの中に居るように、こちらのことなんて微塵も気づいていない。先輩のうっとりとした表情。媚びた女の顔。  すると、二人が顔を近づけようとしたので、わたしは慌ててその場を後にした。そんな先輩の姿は見るに耐えなかった。  きっと、あの甘ったるくも澄んだ歌声で歌われるラブソングも、闇夜に溶けるギターの音色も、滑らかに弦を伝う指も、触れた時の体温も、全部あの男のためだったんだ。  わたしのためでは、決して無い。  あんなの織香先輩じゃない。  孤高だった先輩のイメージが音を立てて崩れていく。  酷い、裏切り。
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