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 なんて言ったものの、わたしはそう聞き分けのいい人間でもないし、前からこっそりと夜の散歩に行っていたくらい、我慢強い人間でもない。  日が経つにつれて、わたしを振り回してくれた先輩に対しての怒りがこみ上げてきて、一度文句を言ってやらないと気が済まなくなり、またこっそりと夜の街に出た。  今のわたしの心には、夜独特の淋しげな空気を感じる余裕なんてなくて、どう先輩に言ってやろうか、とそればかり考えながら、ずんずんと大股で公園を目指す。  公園の側まで行くと、聞き覚えのある歌声が耳に届き始めた。やっぱり、変わらず先輩は公園にいるんだ。無意識に歩調が早くなり、小走りになる。  でも、ギターの音はどれだけ近づいても聞こえてこない。それに、あの甘ったるい声も。どこか、夜の空気に溶けるような寂しげな声が耳に届く。  公園の入口にたどり着く。  先輩はベンチに座り、ギターは隣に置いて、夜空を見上げながら歌っていた。  その姿は今にも消え入りそうなほど儚かったけど、変わらずに綺麗だった。先輩は明るいラブソングじゃなくて、流行りの歌ではあるんだけど、しっとりとしたバラードを歌っていた。  あれじゃあ、孤高じゃなくて、孤独そのものだ。 「織香、先輩?」  初めて会ったときのように隠れたりせず、わたしは堂々と公園の入口から声を掛ける。 「誰……? あ、麻有里か」  首だけを傾けて、先輩はわたしを見た。先輩に見つめられると、先輩への失望だとか、怒りだとかは一瞬でどこかにかき消えてしまった。それ以上に、先輩をいつもの調子に、孤独じゃなくて孤高に戻してあげたいと思った。 「なにか、ありました?」 「……ううん」  わたしが尋ねると、先輩は小さく首を横に振った。 「嘘、ですよね。前と何もかもが違いますし」 「なにもないよ」 「わたしにできることなら、何でもします」 「何も無いってば」  その口調には幾ばくかの苛立ちが滲み出ていて、わたしは萎縮してしまう。先輩が求めてくれないなら、わたしには何もできない。 「……歌、聴いていてもいいですか」  恐る恐る尋ねると、先輩は数秒、逡巡してから、 「好きにして」  とこちらを見ずに小さく答えた。
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