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 先輩は空を見上げて歌う。寂しげなバラードを、涙が溢れてきそうなくらい更に寂しげな声音で。その姿は痛々しくて見ていられなかった。それなのに、そんな先輩に何もしてあげられない自分がもどかしくて、歯がゆい。  心が落ち着かなくて、座ってなんていられなくなったわたしは、先輩の隣りに置かれたギターを奪っていた。何も考えなんて無い。先輩の自分を責めているような歌を止めたかった。ただ、それだけ。  以前の先輩を思い出しながら、ギターの弦をかき鳴らす。流行りのラブソングを叫ぶ。  しかし、練習すら碌にしていなかったわたしの歌は拙いなんてものじゃなくて、自分でも聞くに耐えない酷いものだった。  そんな滑稽なわたしの姿を、先輩は虚ろな目でぼんやりと眺めていた。  だめだ。この方法じゃあ、先輩の心を動かせない。わたしの歌は、声は、先輩に届いていない。  独り善がりな行動に虚しさを感じて、ギターをそっと落とした。砂とギターが擦れる音がした。先輩は、横たわるギターを無関心にちらりと見るだけで、またこちらに向き直った。  いや、先輩は夜の闇を見つめているだけで、わたしすら見えていないのかもしれない。  わたしなんて視界に入っていない。  どうして? わたしが男じゃないから? ラブソングを歌う相手になれないから?   興味が、無いから?  瞬間、わたしは先輩に飛びかかるように激しく抱きついた。よろめくけど、なんとか耐える先輩。そんな先輩の唇にわたしは自分の唇を重ねる。十六年間生きてきて、異性に恋愛感情なんて抱いたことのないわたしの、最大級の愛情表現。  ファーストキスだというのに、ロマンチックな雰囲気とはならず、勢い余ってお互いの額と額、鼻と鼻はぶつけるし、唇に自分の歯が当たって痛かった。もしかしたら、血が出ちゃったかも。  少ししてから、先輩はわたしを突き飛ばすと、唇を服の袖でゴシゴシと雑に拭った。ちょっと、ショック。 「な、なにするのっ?」 「ご、ごめん、なさい……」  初めて見る先輩の困惑しながら声を張る姿に、自分でも何をしでかしたのかが徐々に分かってきた。嫌われたかもしれない。もしかしたら、二度と会ってくれないかも、と怖くなって、涙が溢れてきた。 「わ、わたしには、こうするしか、できなかった、から」  ひりつく喉で嗚咽混じりに精一杯の弁明をする。もう頭がいっぱいいっぱいで、言葉がうまく出てこない。
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