1.

1/3
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

1.

 わたしは夜の散歩が好きだ。  日付が変わるか変わらないかの時間に、宛てもなく近所をフラフラと歩く。  この辺りが郊外だからか、お昼とは違って、ほとんど誰ともすれ違わない。音だって遠くの大通りから聞こえる車のエンジン音くらい。  そんな淋しい街を歩いていると、まるでわたしだけが世界から切り離されたような錯覚を感じて、背中がゾワゾワと粟立つ。  きっと、クラスのみんなに話しても、誰も理解してくれない独特の感覚。秘密の顔。  その感覚が好きで、わたしは毎夜の如く、自分だけの世界に酔いしれながら彷徨い歩く。  そんなわたしだけの世界で、かすかに音が聞こえた。立ち止まって、そっと耳を傾けてみる。  なんだろう。周りの家から聞こえる生活に満ち満ちた音とは違う音、たぶん、ギター、かな? 楽器には詳しくないからよく分からないけど。  聞こえてくる音に合わせて鼻歌を口ずさみながら、音の出どころを探してみる。熱に浮かされたみたいにぼんやりとした頭で。ふらりふらり。  近づいているのか、音楽に歌声が混じり始めた。たぶん、女の人。甘ったるいのに、どこか淋しげで、わたしだけしか存在しない夜によく似合う歌声。  ここ、かな?  辿り着いたのは、住宅街からは外れたところにある小ぢんまりとした公園。その端っこにあるベンチに座る人影が見えた。覗きをしているようなやましい気持ちになってしまい、わたしは咄嗟に公園の生け垣に隠れる。  街灯というスポットライトに照らされ、ギターを爪弾きながら歌う女の人はどこか神秘的で、写真になんてちっとも興味ないわたしにも、この光景は映える。もしSNSに投稿すればバズるに違いない! と思わせた。SNSやってないんだけど。  ただ、歌ってるのが流行りのありきたりなラブソングなんかじゃなくて、わたしの知らない、そう、例えば英語の歌ならもっと格好良かったのに。少し残念。 「かっこいい……」  思わずうっとりと声に出てしまっていたのに気がついて、慌てて口を閉じた。 「誰?」  夜の空気によく通る澄んだ声。  女の人は人一人くらいなら殺せそうな鋭い目つきで、じっとこちらを睨みつけてくる。  しばしの沈黙。視線は外してくれない。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!