産声

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「得意な歌は?」 「こう見えて意外とヘヴィメタルです」 「おっ!いいね〜! 洋楽と邦楽どっちが好き?」 「やっぱり邦楽ですね それこそやっぱり」 「聖飢魔IIとか」 「はい!! 私は学生時代から熱烈な信者です」 「ふむふむいいじゃない それでシフトなんだけど、週3いける?」 「もちろんいけます 土日祝も可能です」 「できれば平日の昼間がいいんだけど」 「大丈夫です その時間でも働けます」 「よし! じゃあ軽くこの仕事について、というよりもこの場所について説明するね まずここは普通のカラオケ屋じゃないんだ」 「……と、いいますと?」 「真の狙いは神社への奉納 神様へ歌を捧げるための場所なんだ」 事務所を出て薄暗い階段を登り屋上へ そこには小さなお社がチョコンと鎮座していた 「コレがこのカラオケ屋の存在意義 付近一帯の氏神様」 「どうしてこんなところに」 「もともとここは神社だったのよ ところが付近の開発が始まりこの土地も狙われて、それならいっそカラオケ屋にしちまえと」 「そんな強引な」 「神様もむしろ喜んだのさ 車の音や工事音がうるさくてかなわん とはいえ氏神としてここを離れるわけにもいかん なので苦肉の策として、こうして屋上へ誘致したわけ」 「はぁ なるほど」 「もともと祭り好きで賑やかな音楽が好きだったから、歌う客を眺めるのが楽しくて仕方ない ただ最近ちょっと客足が落ちてきちゃって」 「……え?」 「あぁ大丈夫大丈夫、ここは潰れないから 神社扱いでいろいろ優遇してもらってるの 俺も書類上は店長じゃなくて神主だしね それよりも重要なのは歌の減少 客足が減ると歌も減り、そうすると神様が暇になる」 「あ~ だから私の出番なんですね?」 「その通り まるで巫女のように神様へ歌を捧げる誰かが必要なのさ 土日はまだいいけど平日の昼間が閑古鳥でね」 「ようやくこのバイトの意味がわかりました カラオケ歌うだけで高時給!なんて求人を見た時には驚きましたが、カラクリはこういうことなんですね」 「理解が早くて助かるよ まっ!とりあえず一曲歌ってみて!」 屋上を降りてカラオケルームへ 年季を感じるが綺麗で整頓され、なによりもモニターには 「海外ドラマ?」 「ネトフリオリジナル作品だよ 神様の暇潰しさ」 「こういうのも捧げ物になるんですね」 「ホントはダメかもしれないんだけど、まぁ実際喜んでるからね インド映画やミュージカル映画が好きだよ」 「もしかしてマッドマックスとかも?」 「大好物 音楽が巧みに使われている映画が好みなのさ」 じゃあどうぞとデンモクを渡された うーむ どうにもかなり緊張する 別に人前で歌うのはどうとでもない これでも一応歌手希望 下手ではないとの自負もある 面接とはいえ店長は気さくでフレンドリーだし、選曲も自由なら十八番を歌えばいいだけだ しかしなんというかジトッとした視線、まるで誰かにマジマジと見られているような気がしてならない 「やっぱりちょっと感じるよね」 「はい 決して気持ち悪いとか怖いわけじゃないんですが誰かの視線が」 「神様が見てるのよ 正直客足が遠のいた理由もコレでさ 一人で来てるのに視線を感じる!なんて嫌がられて」 それを聞いて確かに納得 事情を知らずに味わえば幽霊かと思ってしまうだろう いやいやそれよりも神様の御前で歌うのは緊張するな まっ!やるきゃないか! ポチポチとデンモクをいじり十八番を予約した 流れる前奏を聞きながらマイクを握りしめる 「ハヤリの顔で仲間とツルンで――」 「店長 少しお話いいですか?」 あれから勤続1年後 神様に認められたとかでトントン拍子に話が進み、面接合格即日勤務で働きまくり 職場の人は誰も優しく、キッチンで余ったフライドポテトを差し入れてくれたり、ドリンクバーなんて無料で飲み放題 それに応えるためにドリンクバーのメンテナンスや補充方法を覚えたり、たまにレジのヘルプに入ったり、充実した日々を過ごしていた あと地味にネトフリが見れるのも嬉しい 気になっていた作品をチェックできるし、たまにみんなでカラオケルームに集まって映画会するのも楽しかった 「お?そんな深刻そうな顔をしてどうした アマプラも見たいか?」 「……実は、メジャーデビューのお話が来まして」 「おおっ!!良かったじゃん!!キッカケはなに、オーディション?」「YouTubeにあげた動画が目に止まったそうで、ちょっとウチからシンガーソングライターとしてデビューしませんか〜とのお誘いが」 「信頼できる事務所かい?アイドルグループの一員でもなく、本当に1人のシンガーソングライター?」 「はい 大手事務所の新人育成スカウト枠 そういうのをまとめて1個のグループとして売るのではなく、アナタ1人でデビューだと」 「それなら間違いなく大チャンスじゃん!! いいよ飛びつきな」 「ここで毎週バイトして、歌わせてもらったからこそボイトレになって、その結果上達して実を結んだので本当に店長のおかげです 神様のご利益もあるんですかね」 「いやいやウチの御祭神はそこまでの力は無いよ だけど健気に歌ってくれた人にご褒美をあげるくらいの優しさは持ってるかもなぁ」 「あのぅ、それでですね」 「バイト入れなくなるんでしょ? いいんだよこんなところにしがみつかなくて 自由に羽ばたいていきなさい」 ニコニコと我が子のように喜んでくれる優しい店長 だからこそ申し訳なさを感じながら、おずおずと厚かましい言葉を投げかける 「それはそうなんですけどお願いは別にありまして」 「ん?」 「ここにライブハウスを作りませんか??」 「みなさーん!!!今日はお集まりいただきありがとうございます!!!」 小さい会場に熱気が響く カラオケ屋の地下を大改造してライブハウスを作ってしまったのだ 私がバイトに入れなくなり、また神様が暇になるのは申し訳ない とはいえ代わりの人が入るのもなんか嫌 そんなワガママも隠しながら シンプルにライブハウスがあれば生演奏を捧げられるのでは?神様もっと喜ぶんじゃ? なんて恩返しの気持ちが本音である もちろんいろいろ面倒な手続きや費用はかかったが、全部店長が片付けてくれた “いやぁ〜!神様のためなんで!” この言葉を無敵の免罪符として強引に押し通したらしい 「私はここに育ててもらいました ここにいたから飛び立てました」 一言一言発する度に体へ期待が突き刺さる あぁ 神様も見てくれているな すっかり慣れ親しんだ熱視線を心で感じる よし じゃあやろうか こけら落としは大成功 キャパは狭いがそれでも満員 唸るような興奮が会場全体を包み込んでいる そんな空気を思いっきり吸い込んで 世界へ飛び立つ覚悟を決めて 命綱のようにマイクを握った 「それでは聞いてください first Deathrattle」 神様への愛を込めて歌い出す こうして私は産声をあげた
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