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10.次の練習からは
「武藤さん、さっきはありがとう」
柚月は帰り道で少し先を歩く佐保を見つけ、横に並んで声をかけた。佐保は不思議な顔を浮かべる。
「別にお礼を言われることはなにも……」
「なんていうか嬉しかった。それに私、武藤さんに謝らなくちゃいけないことがある」
「謝る? なんのこと?」
佐保が足を止める。柚月は覚悟を決める。
「私、本当は口パクで歌ってるだけだから」
佐保からどんな厳しい言葉を投げかけられるだろう。そんな思いで柚月はそう切り出す。
「わかってるよ。そんなこと今さら言われなくても」
佐保の言葉に肩透かしを食らったような気分の柚月。
「これでも合唱部の副部長なんだし。口パクくらいは見抜ける」
そう言った佐保はふたたび歩きはじめる。柚月はそんな佐保の隣に並び、一緒に歩き出す。
「そうだったんだ。自分では完璧だと思ってたんだけど」
そんな柚月の言葉に佐保は思わず苦笑する。
「すごくバレバレだって。でもね、平岩くんの言うことも正しいって気づいた。わたしだって、石垣さんに苦手なことを無理やり押しつけてたかもしれないって思ったの。だから、こっちこそ石垣さんに謝らなきゃね」
放課後の通学路で柚月は強く首を振る。
「ううん。武藤さんが謝ることはない。みんな真面目に合唱の練習してるのに、私だけ口パクしてるのはやっぱり間違ってた」
そんな柚月の言葉に佐保はすかさず言った。
「じゃあ、次の練習からはできればもう少し大きな声で歌ってよ。口パクじゃなくて少しでも声を出して。歌が下手なのはしょうがないけど、練習すれば石垣さんだって少しは歌が上手くなるから」
さて困った。柚月はどうするべきか考える。けど、もはや正直に打ち明けるほかない。
「武藤さん。もうひとつ言っておかなきゃいけないことがある」
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