1人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
02.窓の外のカラス
「もちろん、ちゃんと歌ってるから」
でも、その言葉はどこか自信ない。
「じゃあ今のとこ、石垣さんがひとりで歌ってみて」
「え、どうして私だけ?」
「ちゃんと歌ってたんでしょ」
柚月は深いため息をつく。
「ひとりで歌うのはちょっと……」
「いいから」
これ以上、押し問答しても無駄っぽい。柚月は佐保に告げる。
「ねえ、武藤さん。私、歌は下手だから自信がないの」
その言葉に同じクラスの男子の何人かが笑った。
「大事なのは大きな声で一生懸命歌うこと。さあ、歌ってみて」
佐保の言葉に柚月は観念するしかない。柚月はできるだけ小さい声で歌い始める。
「なんだその歌」
クラスの男子生徒の誰かがそう言うと、何人かがこらえきれずに笑った。女子生徒の中からもクスクスという笑い声が漏れている。
困り顔の佐保が柚月に告げる。
「そんなに小さな声だと、よけい下手に聞こえるよ。上手く歌おうって意識しすぎないで、まずは大きく声を出して」
うながされるままに柚月はもう一度歌う。さっきより少し大きく。
そのときだった。窓の外からカラスたちの大きな啼き声が響く。何羽ものカラスが窓のすぐそばを旋回し、近くの木の枝にとまっている。柚月の歌声をかき消すほどのカラスの鳴き声が教室に響く。
「なんだ、急にカラスがこんなに集まって」
男子生徒が窓の外のカラスを眺めていると、今度は女子生徒の悲鳴が教室から上がった。
「ネズミがいる! なんで教室にネズミなんて……」
足元を走りまわるネズミを避けようと、教室にいる生徒たちはいっせいに悲鳴を上げ、教室内を逃げまわる。廊下へ出ようとする生徒もいた。けれど、廊下の向こうからもネズミがやってきて教室に戻るしかない。けど、そこにはやっぱりネズミがいて……。
けっきょく、その日は合唱の練習どころではなくなった。
最初のコメントを投稿しよう!