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04.このあいだみたいに
合唱コンクールに向けての練習は続いた。武藤佐保は相変わらず教室内の生徒たちに厳しく注意している。「ほらそこ、もっと表情を豊かに!」、「そのふたり、ふざけないで。みんなの邪魔よ」。
柚月は相変わらず口パクで歌い続ける。意識して大きく口を開け、周囲の歌声に合わせてうまい具合に。だから完璧に近い、はずだ。
それでも佐保の鋭い視線が柚月に向けられた。
「ねえ、石垣さん。この部分、一人で歌ってみてよ」
心の中で小さくため息をつく柚月。小声で歌うしかない。そう決めた柚月の歌声は教室の外に届かないほど小さい。
「ねえ、どうしてそんなに小声なの? これは合唱なんだから」
佐保がさらに厳しい視線を柚月に向ける。
「……。だって私、歌が下手だし、歌に自信ない」
教室の生徒たちの間から失笑が漏れる。ため息をつく佐保。
「下手でも一生懸命歌うしかないの、大きく口を開けて」
クラスのみんなの視線が痛い。やっぱり自分がクラスのみんなの足を引っ張っているみたいに思えてしまう。
しょうがない、歌うしかない。いっそのこと、このあいだみたいにネズミたちがやってきて大騒ぎになれば、合唱の練習もうやむやになる、といい……。
諦め気味の柚月が曲を歌おうとしはじめたその瞬間。
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