01.だから今年も大丈夫

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01.だから今年も大丈夫

 よく晴れた午後の青空が広がる教室の窓の外。真夏の海のような青い色をした空だ。そんな青空には海で泳ぐ魚みたいに小鳥が舞う。  教室で生徒たちが響かせる歌声は、そんな窓の外へと流れ出す。  けど、その歌声はそれほど上手いわけじゃない。だからこそ、合唱コンクールへ向けて練習中なのだけれど、クラスの生徒たちみんなが本気で練習に取り組んでいるわけでもないから。  練習が面倒くさいと思いながら歌う男子生徒もいれば、なんでこんなつまんない曲を歌わなきゃいけないんだろうと思っている女子生徒もいる。本気で練習に打ち込む生徒は数人くらいしかいない。  それはたとえばクラスのリーダーとなった武藤佐保みたいな生徒。佐保は歌いながら教室全体を見渡し、やる気のない男子生徒に「もっと本気で歌って!」とか、口の開いていない女子生徒に「もっと大きく口を開いて!」と注意している。  佐保は2年生ながらに合唱部の副部長だし、このコンクールでクラスを優勝に導いたという実績が欲しい。そうすれば次の合唱部の部長はほぼ決定だし、それに高校の推薦入試のときに有利になる。そんなふうに佐保自身も周囲に話し続けていた。  石垣柚月はそんな佐保に注意されないように、さっきから周囲に合わせて口を大きく開いて歌うフリをしている。つまりは口パク。  そのとき佐保の視線が柚月に向く。柚月は冷静さを装いながら口パクを続けるしかない。一年生のときの合唱コンクールだって口パクでごまかせた。だから今年も大丈夫。柚月は自分にそう言い聞かせる。  けど、佐保の厳しい視線にかえって緊張してしまうのもたしかだ。まわりの歌声と自分の口パクが、疑うような佐保の視線のせいで微妙にずれてしまう。 「みんなストップ。石垣さん、ちゃんと歌ってる?」
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