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「あ……」
声が上手く出ない。早くそれは友達に頼まれてとか預かってとか何でもいいから否定しなきゃいけないのに。声が出ない。言い訳もなにひとつ浮かんできやしない。
「……ご、……ごめ」
頭が真っ白で反射的に謝罪の言葉を吐きだした僕は慌てて床に散らばっているメイク道具を拾い上げていく。
(どうしよう。どうしよう。どうしよう)
いま涼介がどんな顔をしてるのか怖くて見ることなんて到底できない。心臓はバクバクと大きく音を立てて、もうすぐ止まってしまいそうなほどに苦しくて痛い。
僕の背中にはいやな汗がつっと流れて指先は小さく震えていた。
まだ涼介がクローゼットを開けてメイク道具が散らばってから十秒ほどだ。それなのに涼介との無言の時間が怖くて今すぐ逃げ出して消えてしまいたい。
僕の唯一の大事な『特別』には絶対に知られたくなかったのに。
「いいじゃん」
(──え?)
「真央のだろ」
涼介がついさっきまでと何も変わらない声でそう言うと、女の子向けのファッション雑誌やメイク雑誌を手早く纏め、手が止まってる僕を気にすることなくメイク道具を拾い上げていく。
(なんで。なんで)
さっきまでの疑問から僕の頭の中はすぐに別の疑問でいっぱいになる。
「真央?」
そう言うと涼介が僕の肩に触れて、僕の顔をのぞき込んだ。
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