呼吸のできない僕たちは

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「さてと」 僕は青いエコバックを手に持つと、そのまま裏口から自宅に入るが家の中はがらんとしていて静かだ。 (あれ、母さんどこ行ったんだろ) 見ればいつも玄関先にかけてある、母の美恵お気に入りの向日葵のエコバックがなくなっている。 (買い物か、ちょうどいい) 僕は二階の自室に直行すると、すぐに紙袋の中から一冊の雑誌を取りだした。 ──『NO・NON可愛いの大渋滞』と印字されているその雑誌には向日葵坂48のセンターであるマリリが可愛らしいピーチフィズ柄のワンピースを着てウインクしている。 「あ、さっき市川さんが着てたワンピだ」 僕はそう言いながら表紙を捲ると、すぐにお目当てのメイクコーナーのページを開く。 「あった」 そこには秋先取りと書かれた、トレンドカラーを使った化粧品がずらりと並んでいる。 この雑誌は毎月一回発行される女子高生をターゲットとしたファッション雑誌で、おそらくクラスでいや、全国で毎月この雑誌を楽しみにしている男子高校生は僕含めてあとどのくらいいるのだろうか。そんなことを考え出すと、普段どこにでもいる男子高校生としての自分が何だか異質な存在に思えて呼吸しにくくなりそうになってくる。 「やめた、いいじゃん。誰に迷惑かけてないし……誰かに言うこともないんだしさ……」 語尾が少しだけ小さく寂しく聞こえたのは気のせいなんかじゃないが、僕は雑念を振り払うように小さく首を振ると、クローゼットの奥からメイク道具を取り出すと机に並べていく。
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