呼吸のできない僕たちは

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僕はスマホのシャッターを一度押してから慌てて左目の下にアイライナーでホクロを描いた。身バレ防止のため、ホクロがあるフリをしているのだが、こういうメイク動画や写真を上げる際、閲覧者は意外と隅々までよく見ているもので、僕が初めて投稿して翌日知らない人からの初めてのコメントが『可愛い~、ホクロもセクシー』ときたときは驚いた。 そんな過去のことを頭に過らせながら、僕が数枚写真を撮って、アップすればすぐにいいねが五つついた。 ──『ブルー×グリーン素敵! 早速やりまーす』 「お、反応上々」 僕はリップを塗った唇を持ち上げると満面の笑みでスマホをのぞき込んだ。半年前、僕は悩みに悩んでXXに投稿を始めたのだが、二カ月ほど前に『紫陽花メイク』と題してブルーと紫のアイシャドウをベースに瞼の上を紫陽花に見立ててメイクした投稿が、運よく美容家をやっているインフルエンサーのいいねを貰いバズったのだ。 それ以来、わずか三人しかいなかった僕のフォロワーはたった一カ月で千三百人に増えた。嬉しい反面絶対に身バレしたくない僕にとっては複雑だったが、やっぱり自分の唯一の趣味であるメイクをより沢山の人に見て貰えて嬉しい気持ちの方が強かった。 「絶対バレないようにしなきゃ……僕の唯一自分をさらけ出せる場所……」 僕はボソリとそう言うと、机に座り直しメイク落としでメイクを落としていく。 このメイクを落とす時間が僕は一番苦痛だった。せっかくメイクをして自分らしさと満足感を得られたと思ってもそれは一瞬の魔法のようなものだ。絵本の中のシンデレラのように時間がくれば、すぐにまた嘘で塗り固めたブレザーを身に纏い、平凡な男子高校生を演じている自分に戻らなければならないから。 いつからだろう。 自分がメイクというものに特別な感情を頂き、周囲の男子たちとは共有できないマイノリティな趣味を持っていることは、高校に上がるまでははっきりとはわからなかった。
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