ある朝

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ある朝

 そんな言葉遊びで始まる朝が、何年続いただろう。  ある夏の朝、妻が朝食の席で言った。 「私、海外に行こうと思うの。」 「なに? お友達と旅行?」 「ううん、井戸を掘りに。」 「は?」  いったい何の話だ?  戸惑う僕に、妻は言った。 「朝、蛇口を捻るでしょ。」 「うん。」 「口をゆすいで、飲むじゃない?」 「うん。」 「そのたびに……今は夏だから余計にかな、水が飲めるっていいなって思うの。」 「うん。けど、まさか、それで?」 「そのまさかなの。  ……何時間もかけて歩いていかないと水1口も飲めない場所が、少しでも減ればと思って。」 「井戸掘りに?」 「うん。参加しようと思って。」  僕はしばらく考えた。  思えば、結婚してから何一つ不満を言わず、おねだりもしなかった妻だ。ここで駄目だと言うのは、鬼畜ではないだろうか。  言葉遊び好きな妻だが、実は体育大学を出ている。結婚までは海外ツアーのコンダクターをしていたから、語学力にも困らないはずだ。  僕は応えた。 「いいよ。細かいことは、メールでやりとりしよう。そのほうが確認しやすいし。」 「ありがとう!」  妻は最高の笑顔を見せた。
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