見送って

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 妻はあっという間にいなくなってしまった。  そしてひとりぼっちの今朝、僕はフライパンでウインナーを炒めていた。独身時代に食べていたハムサンドフレンチトーストもいいなと思ったが、さびしくて、妻の定番メニューと同じにすることにしたのだ。  もちろん、ゆで玉子も作った。  トーストとミルクティー、ブロッコリー、ウインナー、ゆで玉子をセットしたプレートを前に、僕は手を合わせた。 「いただきます。」  真っ先に、思い出たっぷりのゆで玉子に手を伸ばした。そして、固まった。 「……今朝はどうやって食べたらいい? 佳代(かよ)。」  申し遅れたが、佳代とは妻の名前だ。  ちなみに僕は(あきら)という。ま、あまり必要のない情報だから、スルーでオーケーだ。  問題は、毎朝妻の出す問いに悩み、答えを教えてもらって食べていたゆで玉子だ。  問いを出してくれる妻がいない。  食べ方を教えてくれる妻がいない。  どうやって食べたらいいのか。  僕は頭を振った。 「何迷ってんだ。ゆで玉子なんて、どうにでも食えるじゃないか!」  僕はゆで玉子をやおらコンコンして、剥いて塩をつけて食べた。  食べ終えた。 「…………どうしよう。」  まったく食べた気がしなかった。  ゆで玉子は……ゆで玉子はもう、食べるだけでは食べられない物になっていたのだ。  大の大人が、1人じゃゆで玉子も食べられないなんて!  僕はカレンダーを見た。  妻の最初の帰国まで、あと2ヶ月ある。  2ヶ月もある!  僕は立ち上がり、頭に両手を当てて、その場で高速回転した。  すっかりパニックになっていた。 ( ゆで玉子派な私の居ぬ間に、目玉焼きでも食べたら?)  妻が書いてくれてあるメールの一文のことさえ、思い出せないほどのパニックだった。
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