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そのお屋敷は小高い丘の上の、湖畔にございました。
お体が弱いお嬢様のために建てられたというそのお屋敷は、完璧と言って差し支えございませんでした。お屋敷を取り巻く空気は澄み渡り、湖はまるでその空気を染め落としたかのような瑠璃色をしてございました。
お嬢様と初めて出会った日のことは、今でも鮮明に思い出すことができます。
「貴女が新しくお仕事でいらっしゃった方? どうぞよろしくお願いいたしますね」
とても小さなお声でしたのに、鳥の囀りのように繊細で柔らかく、心地の良い声が、私の耳に一直線に入って参りました。
薔薇色の頬が真珠の肌に映え、まるで絵画に描かれる天使のようでございました。天使がこの世に存在するとしたら、お嬢様の形をしているのだと思いました。それは決して大袈裟ではありませんでした。
その髪は白く、目は赤くありましたが、兎がそうであるように、お嬢様もそうであるばかりで、何を驚くことがありましょうや。
そういった態度が旦那様に気に入られ、また年頃が近いこともあり、私はお嬢様に仕えることとなったのです。
お嬢様に与えられたのは、一番見晴らしのいいお部屋でございました。
お部屋には全てがございました。まるで姫君に与えられるような天蓋付きの寝台。羽のように軽い絹糸のお洋服の掛かったクローゼット。博物学の図鑑の数々が収まった本棚。そして寝台の近く、窓から一番遠い壁際に、ピアノがございました。
白皮症の方は日の光を忌むことも多いと聞きますが、寝台に掛けられた天蓋が日の光を遮っておりました。お嬢様の足は萎えていらっしゃいましたので、介添えなしに寝台の外へお出になることはありません。ですから天蓋さえしっかり掛けておけば肌を焼く心配はないのだと仰っておりました。
薄く垂れ下がるレースには隙間がなく、まるで鳥籠のようでございました。
ないものと言えば灯りくらいなものでしたが、それはお嬢様にとって不要なものでしたので、やはり全てが揃っているのでありました。
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