君に届け

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 霧島(きりしま) アオトは冷や汗を何度も(ぬぐ)いながら震える足を叱咤(しった)していた。目も(うる)んでいる。集中する視線、ざわめきが自分を否定する言葉のように思えて怖い。今更(いまさら)のように思う。なんでこの選択をしたんだろう。  時は数カ月前に(さかの)る。アオトは気弱で、おとなしく、目立つのが嫌いな色白男子だ。そんなアオトの親友は舘岡 誠也(たておか せいや)。運動が得意で明るくて活発。クラスの中心にいるような日焼けが似合う男子。小学生から同じクラスだったが、接点ができたのは中学生になってから。最初のテストの時に勉強を教えてほしいと言われたのがきっかけだ。  見た目も性格も正反対な2人は思いの(ほか)気が合った。互いの苦手なところを補い合う関係はやがて唯一無二の相棒となった。自分だけなら絶対に関わらなかった互いの世界を楽しむことができる2人だった。その様子が変わったのが最後の1年になった4カ月前だ。  誠也の様子がおかしくなった。何かに悩んでいるようで笑顔が減った。顔色も悪くなっていって、クラスのみんなはもちろん、アオトもとても心配していた。ある日、誠也は泣き笑いのような顔で言った。  「俺、卒業前に転校だってよ」  「え」  「親、仲悪くてさ。もう無理だって。それはともかく、受験生の身にもなれって話」  「そんなことになっていたなんて……」  「もう、なんか訳わかんねぇっていうか、意地でも受験先は変えないとか思っていたけどやる気なくなってきた。人との関わりとか、絆とか、信じられないんだよ!」  悲鳴のような叫びに立ち(すく)む。こんなに弱弱しく傷付いた様子の誠也は初めて見たから。気の利いた言葉一つも出なくてアオトは自分が悔しかった。何か声をかけたいのに何も言えずにいるうちに誠也は教室から出ていった。そして、その次の日から誠也は他人との接触を避けるようになってしまったのだ。運動神経が良いから逃げるのも速い。運動が得意じゃないアオトは誠也を捕まえられず、このまま別れることになるのかとじりじりとした思いを(つの)らせた。  「窓から逃げなくたっていいじゃないか……っ」  アオトにしては珍しく口調を荒げて近くの壁を八つ当たりに叩いた。予想して、先回りして会えたと思ったのに誠也は窓から木に飛び移って逃げてしまった。どれだけ運動神経が良いのだ。そこまで自分と話したくないというのかと思えば怒りも沸く。  『学校祭、参加者募集』  ふと貼り紙に目が留まる。これしかないとアオトは思った。ステージに立って、マイクを使って誠也に言葉を届けるのだ。
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