君に届け

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 衝動任せの行動だった。詩を書いて、無料ツールを使って曲を作った。ひとりでカラオケに行って何度も練習した。人前で歌うのは大の苦手だが歌は好きで誠也にも上手だと言われたことがある。学校祭のイベント中は学校中に実況されると聞いている。きっと、歌なら届く。  ただ、ただ必死でやってきて出番を待つステージ袖で我に返った。途端に襲ってくるすさまじい緊張と不安と恐怖。逃げ出したいと思っているうちに順番が着て呼ばれてしまった。ガクガクと震える足を叱咤(しった)してどうにか準備されたマイクスタンドの前へ行く。緊張で頭がガンガンしてきた。もう倒れてしまった方がいいんじゃないだろうか。そう思った時、大きな声がした。  「頑張れ、アオト!」  「アオト君、頑張ってー!」  「あんなに頑張っていただろ! 負けんな!」  「……みんな」  ジンと胸が熱くなって感動で目が潤む。一生懸命深呼吸をして自分の身を支えるようにマイクのスタンドを(つか)んだ。声が震える。もう一度深呼吸して口を開いた。  「僕は……僕は、本当はこういった場所に立つのが苦手です。すごく、苦手で、今も正直逃げ出したいです。でも…………これしかないと思ったから」  体育館がしんと静まった。急に誰もいなくなったんじゃないかって思うくらい静かに真剣にみんながアオトの声を聞いていた。  「学校祭なのに、ひとりへ届けるためだけの歌はふさわしくないかもしれない。でも、聴いてほしい、です。『夜明けの下で』 僕が初めて作ったオリジナル曲です」  合図を送るのに舞台袖を見ると係の生徒が拳を握ってアオトを応援していたのが見えた。それに励まされる。誠也が今どこにいるのかわからない。それでも届くと信じよう。アオトは流れ始めたイントロに集中した。最初は静かに、後半に向けて音を増やしていく工夫をした。一番伝えたいサビが思い切り声を出せるように。  「なんて世界だろう 確かなものがない危うさに足元がふらつく  当たり前のように楽しい毎日が続くことが幻想だと知った」  いざ歌い出せば緊張は薄れ、最初こそ声が擦れたが中性的なアオトの声がスピーカーからも流れだす。  「リアルは時に暗く 僕らの視界を奪うけど  どうか耳を(ふさ)がないで いつだって呼んでいるんだ」  そう、誠也のことを心配するみんなも、力になりたい願いを伝えられずに悲しんでいる。心を閉ざしてほしくないと願っている。  「ありったけのわがままを言うよ 何があっても相棒でいたいんだ  障害も 妨害も 全部叩き壊して 夜明けの下で何度でも  声を聴いてよ 僕らを嫌いだなんて言わせない  切れてなんかいないだろ? ほら、こっちを見て」  これは祈りで、叫びだ。怒りと悲しみとありったけの願い。涙が一筋伝った。  「ありったけのわがままを言うよ 何があっても相棒でいたいんだ  障害も 妨害も 全部叩き壊して 夜明けの下で何度でも  ありったけのわがままでも 僕は君との未来を望む  世界を壊してもまた夜は明ける だから 届いて  夜明けの下で何度でも」  アオトの声が響いて消える。酸欠を起こしてアオトの膝から力が抜けた。倒れ掛かった体を誰かが素早く受け止める。小さなざわめきが起きた。何かと顔を上げる前にがっしりとした腕がアオトを抱きしめる。  「ばっかだな……めちゃくちゃ体、冷えてんじゃねぇか…………ごめん、ありがとう」  「誠也……」  ギャラリー、主にアオトのクラスメイト達が歓声をあげている。朦朧(もうろう)とした意識でも誠也が泣きながら笑っているのがわかった。アオトはそれで満足だった。伝わったと安堵(あんど)した途端、急速にアオトの意識は遠のく。(あわ)てる誠也の声を聴きながらアオトは意識を手放したのだった。
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