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同窓会の罠
ホテルの入口からロビーに入り、吹き抜けから二階フロアを見上げた。二階フロアはザワザワと賑やかそうだった。受付も会場も二階だと招待状には書いてあったので、二宮すみれはそのまま正面のエスカレーターに向かった。エスカレーターを上り二階フロアを見渡すと、開場十五分前なのにすでに人であふれかえっている。授業が始まる一分前になっても教室にいなかった人たちと同一人物とは思えない。四年の月日が変えてしまったのか、それとも、これから始まる同窓会というワクワクするイベントのせいなのか。
すみれが見渡す景色から目に飛び込んでくるのは、赤やピンク、水色、黄色といった華やかな色ばかりだ。みんな明るい髪の色をし、派手な衣装を身に纏い談笑している。すみれは自分自身に目を向けた。就職活動で着ていた色のないスーツだ。色だけ見ると高校の時の制服とあまり変わらない。同窓会に出席すると決めてから何を着て行こうかとタンスの中をあさったが、あるのは色のない高校の頃から着ていたシャツやジーンズばかりだった。仕方なくこのスーツにした。一番地味なはずなのに、会場の中では一番目立ちそうだなと思った。髪の色も染めたことはなく髪型も高校の頃と全く変わっていない。自分だけが高校生のまま取り残されていると華やかな輪の中に入るのに気後れした。とりあえず受付だけは済ませようと受付に向かった。
「すみれ、久しぶり」
三年三組受付と書いたつりビラが下がる机に行くと、そこに座る女性が満面の笑みですみれを見上げた。すみれはそれが誰だかわからず愛想笑いを浮かべた。高校の頃の記憶をたどってみたが彼女の記憶が出てこない。そこで、彼女が首からぶら下げている名札に気づいた。そこには山中美和と書いてあった。あまりの変わりようにわからなかったが、学級委員だった山中美和だ。美和も髪の毛をアップにし、明るい色に染めている。彼女の服の色は涼しげな水色だ。耳にピアスをし、首もとにはネックレスが光る。綺麗に化粧をし、おとなの女性に変わっていた。すみれは場違いなところに来たなと肩をすぼめ、「久しぶり」と小さな声で言った。
会費を支払って、首からぶら下げるタイプの名札を受け取った。
「その名札、すごいのよ。裏返してみて」
美和が自慢気に言うので、名札を裏返してみる。すると裏面には高校の頃の自分の写真が貼ってあった。写真に映る高校時代のすみれは満面の笑みを浮かべて、こっちを見ている。
「ほんと、すごいね」
「懐かしいでしょ。同窓会の実行委員みんなで手分けして作ったの」
「美和子は同窓会の実行委員なんだ」
「そう。委員長の水野くんに頼まれたからね。軽い気持ちで引き受けたけど、なかなか大変だったわ」
美和は大変だったと言うが、充実感にあふれた満面の笑みを浮かべている。すみれはそんな実行委員があったことすら知らなかった。
「お疲れさま。こんなことまでしてくれてありがとう」
すみれは名札を美和に向けてからペコリと頭を下げた。
「そう言ってもらえると嬉しい。こんなに沢山参加してくれて、喜んでるみんなの姿を見てると、やって良かったなって思うわ。それにしても、すみれはその写真の頃とあんまり変わってないね」
美和がすみれの名札の裏の写真を指さしながら言った。
あの頃と変わってないと言われて、それは褒め言葉なのか、それともバカにされているのか、どちらだろうかとふと思った。すみれは高校の時から進歩がない、成長してないと言われているような気がした。
「すみれ、久しぶりー」
背中から声がして振り向くと、高校時代一番仲良しだった野々村詩乃がこっちに向かって歩いてきた。すみれは「じゃあ、また後でね」と言って、美和に手を振ってから詩乃の方に体を向けた。
「詩乃、久しぶり、元気だった」
高校生の頃は自分と変わらず地味だったはずの詩乃もすっかり変わっていた。化粧は濃く髪の色は赤くなり、服装も派手になったのに加え肌の露出がすごい。町ですれ違っただけなら、詩乃だとは気づかないだろう。
詩乃と雑談を済ませた後、二人で会場に入り、同級生たちに挨拶して回った。女子はみんな今日のためにサロンに行って、服を新調したのか、キラキラと輝いていた。男子はみんなあの頃より落ち着いて大人の男性に変わっていた。最後に三年三組の時に担任だった後藤に挨拶した。後藤はあの頃に見慣れたジャージ姿ではなく、スーツ姿だ。薄かった髪の毛はなぜかフサフサしていた。
同窓会実行委員長の水野の挨拶と学年主任だった宮部先生の乾杯の挨拶が終わり、立食パーティがスタートした。お互いにビールを注いで乾杯した後、すみれは詩乃と真っ白な布がかかった中央の長いテーブルに並ぶ料理を取りに行った。
「久しぶりー」
「げんきー」
「会いたかったー」
そこら中からキンキンと声が飛び交う。すみれは詩乃とサンドイッチや寿司、ローストビーフ、サラダなどを適当に皿にのせて、三年三組のテーブルに戻った。
「みんな変わっちゃってるけど、すみれは変わらず昔のまんまね」
詩乃が寿司を箸につまんだまま言った。
「詩乃は変わったね。一段ときれいになった」
詩乃を含めみんなは服装も髪型も化粧も変わっている。高校の頃から進化、成長していると思った。変わってないのは自分だけだ。いや、年をとった分、後退しているのかもしれない。今はまだ二十代前半だが、これから年をとるとともに後退するスピードは増していくのだろう。
「すみれは彼氏とかいるの?」
詩乃が訊いてきた。
「ううん、全然」
「これまでに何人くらいと付き合ったの?」
詩乃が好奇の目を向けてくる。
「彼氏なんてできたことないよ」
「えっ、ウソ。一人もいないの」
大きく見開いた詩乃の視線がすみれの頭の先から爪先までを舐めるように這った。珍しい生き物でも見るような視線だ。
「出会いがなくてね」
すみれは居心地が悪くなった。
「てことは、もしかして、すみれってまだ処女?」
詩乃が大きな目を見開いた。
「そうだけど」
すみれは俯いて答えた。
「へぇー、今時そんな娘もいるんだ」
詩乃は腕を組んですみれを見ていた。
「詩乃は彼氏いるの?」
すみれは話題を自分から遠ざけようとして、詩乃に訊いてみた。すると、詩乃は待ってましたとばかりに、すみれに顔を向けた。
「ちょっと聞いてくれる」
詩乃がすみれの肩を軽くポンポンと叩いた。
「う、うん」
すみれは逃げ出したかったが、自分の話題をするよりはましだと思った。
「今ね、付き合ってはいないんだけど、二人候補がいるのよ。どっちもどっちで決めかねてんのよね。すみれ、あたしの話聞いてどっちがいいか教えてくれる?」
「そんなの、会ったこともないのに、わかんないわ。責任重大じゃない」
「いいの、いいの。そんな重く考えないで。すみれの意見を聞いて参考にするだけだからさ」
「わ、わかった」
すみれは渋々頷いた。詩乃はお構い無しに話を続けた。
「一人は大学の合コンで知り合ったの。亮太って言うんだけど。あたしたちと同い年で今年から食品会社で働いてるの。ちょっと性格が乱暴でいい加減なの。金使いは荒いし、他に女がいそうな気もするのよね。ルックスはそこそこなんだけどね。それで、もう一人は婚カツパーティで知り合ったの。彼は孝平って言うんだけど、年は三十歳で銀行マン。真面目で優しくて、あたしの言うことは何でも聞いてくれるのよ」
「どちらとも今は付き合ってないんでしょ」
すみれが訊いた。
「今はどっちも男友達。付き合ってほしいって両方からコクられて困ってるの」
「話を聞く限りだと、銀行マンの彼の方がいいと思うけど。その人の方が詩乃を幸せにしてくれそうな気がする」
「孝平かー。やっぱり、すみれもそう思う? みんなそう言うのよね。けど、孝平はエッチがいまいちなのよ。エッチだけで言うと亮太なんだよねー」
すみれは驚いた。詩乃はまだ付き合ってもいない男性とセックスをしているということだろうか。
「詩乃はまだ二人とは付き合ってないんだよね」
念のために訊いてみた。
「そう。さっき、どっちにするか決めかねてるっていったでしょ」
「なのに、セックスはしてるわけ?」
「当たり前でしょ」
「付き合ってもない男性とセックスするの。そういうのって、普通は付き合ってからじゃないの」
詩乃は「違う違う」と右手を横に振ってから続けた。「付き合ってからエッチの相性が悪いってわかったら最悪でしょ。先に確認しとかなきゃダメよ。すみれもそこ大事だから、絶対そうした方がいいよ」
すみれはそういうものかと思い、「わかった」と頷いた。
「すみれは顔が可愛いから、もっとおしゃれしたら、男はいくらでもよってくると思うよ。もったいないからさ、メガネからコンタクトに変えて、化粧して、服もそんな地味なんじゃなくて、少し肌を露出してみたら。髪型だって今日に合わせてサロンに行っとけばよかったのに。若いうちに着飾っていい男捕まえとかないと、年とってからだと手遅れになるよ」
「そんなものかな」
「絶対そう。すみれにあたしの行ってるショップとヘアサロンを紹介するわ。そうしよう。それで、合コンでも婚カツパーティでも行って男を見つけようよ」
「わかった。頑張ってみる」
すみれはそう言って笑みを作った。この時は詩乃が本気だとは思わなかった。
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