二股

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二股

 河田との初デートも都筑と同じくランチだけでいいと思っていたすみれだが、河田はすでに自然派ワインの美味しい店のディナーを予約していた。昼間はおすすめの映画があるから、軽くランチをしてから映画を観てディナーに行く予定だと言う。すみれはワインを飲んだことがないし、いきなりディナーと聞いて気後れしたが河田の強引さに負けた。  デートの当日、河田とカフェでランチを済ませ、そこから映画館へ行った。河田の言う通り面白いアクション映画で、大型スクリーンで観るアクション映画はテレビで観るのとは迫力は全く違った。こういう機会でもないと映画館に来ることはないので、すみれは強引に誘ってくれた河田に感謝した。  はじめて味わうワインの味は美味しいとは思わなかったが、ワイングラスに注がれた赤い液体を口に含む自分の姿に酔っていたので、河田にワインを注がれる度にすみれはグラスを空けた。さすがに飲み過ぎて後半は頭がフワフワした。  自然派ワインの店を出た時は酔っぱらってしまい、すみれの足元はぎこちなかった。河田が肩に手を回してきたので、そのまま体を河田の胸に預けて歩いた。河田に身を任せたまま歩いていると、急に河田が立ち止まった。 「ちょっと休憩しようか」  河田が耳元で囁いた。  すみれが顔を上げると目の前にホテルの看板が見えた。すみれは「えっ」と言ってから、河田の手を振りほどき後退りした。河田の顔を見ると気まずそうに顔をしかめた。 「ごめん、やめとくか」  河田がそう言ってすみれの肩に手を置いた。 「ううん、大丈夫」  すみれは言った。詩乃に言われた通り、いずれは男友達二人とセックスして見極めなければならない。早いか遅いかの違いなら思いきって今がいい。  それからすみれは毎週土曜日に河田と会ってデートを重ね、会うたびにセックスをした。そして次第に快感を覚えるようになった。  都筑とは毎週日曜日にデートをした。都筑と河田の二人は土日共デートしようと言ってきたが、すみれは休みの一日は掃除や洗濯をしなければならないと断り続けた。  都筑と河田のどちらが好きなのかと考えてみたが、すみれにはよくわからなかった。都筑とは健全なデートが続いた。それはそれで楽しかったし、都筑の方が河田より自分を大切にしてくれているのではないかと思った。しかし、河田とのセックスの快感をすみれは忘れられなかった。  都筑と体を合わせたのは河田より二ヶ月遅れだった。都筑の行為はぎこちなくて痛みを伴い、河田の時のような快感は得られなかった。いっしょにいて落ち着くのは優しい都筑だがすみれは物足りなさを感じた。そう言えば、同窓会の時に詩乃から同じような悩みを聞いたことを思い出した。すみれは詩乃と同じ悩みを持ったことで、彼女に一歩近づいたんだとほくそ笑んだ。  毎週日曜日は都筑とのデートが続いた。この日はユニバーサルスタジオに行き串カツを食べに行った。そしてホテルへ行った。土曜日に河田とセックスをし、日曜日に都筑とセックスをした。都筑とのセックスは物足りないので、すみれは都筑との行為中は前日の河田とのことを思い出しながら都筑と体を合わせた。デートの順番が土曜日が河田で日曜日が都筑の順番は、そういう意味ですみれにとって都合がよかった。  都筑とホテルを出てから電車に乗り、すみれのマンションの最寄り駅から二人並んで帰るのはいつものことだ。この日違うのはホテルを出てからの都筑の口が重いことだった。普段から都筑は口数は少なかったが、この日は特に口数が少なく様子がおかしかった。 「拓海さんどうしたの。元気ないよ」  すみれはさすがに気になって横を歩く都筑の顔を覗きこんだ。  都筑は「すみれちゃん」とだけ言ってすぐに黙りこんだ。 「なに? どうしたの?」  すみれは都筑の前に周りこんで立ち止まった。都筑も足を止めた。そしてすみれの目をじっと見つめてきた。 「すみれちゃんは僕のこと好きなのか」  都筑の声は涙声で震えていた。視線を下げると都筑は両拳を強く握りしめていた。  すみれは返事に窮したが「うん」とだけ答えた。 「僕以外にも好きな人はいるのか」 「うーん、そうねー、特にはいないかな」 「じゃあ、テッペイって誰?」  都筑がすみれの両手を強い力で握ってきた。テッペイという言葉を聞いてすみれは血の気がさっと引いた。都筑の口からなぜテッペイという言葉が出たのか。考えを巡らすが何も思い浮かばない。 「テッペイなんて人知らないわ」  とぼけるしかなかったので、都筑とは目を合わさず遠くを見て答えた。 「さっき、君はそう言ったよ。テッペイ、テッペイって声をあげてた」  すみれにそんなことを言った記憶はなかった。 「そんなこと言ってないよ」  すみれの体は熱くなった。 「興奮してたから、記憶が飛んでんじゃないのか」  都筑が冷めた目を向けてきた。 「意味がわからないんだけど」  すみれは都筑の態度に苛立った。 「さっき、ホテルで僕に抱かれてる時だよ」 「えっ、どういうこと?」 「僕に抱かれながら君はテッペイ、テッペイって叫んだんだよ。僕じゃなく違う男の名前を叫んだんだ。一体、テッペイって誰だなんだよ」  すみれは愕然として、言い訳する言葉が浮かばなかった。 「知らない。そんな人知らない」  すみれは首を激しく横に振り、そう言うしかなかった。 「まさか、浮気してるのか」  都筑が冷めた目ですみれを見てきた。 「してないよ」  すみれは喚くように言った。 「浮気してたらただじゃすまないぞ」  都筑の声が急に低くなり、睨めるような視線を向けてきた。いつも温厚な都筑がこれまでに見せたことのない表情だった。 「浮気っていうけど、わたしたちは付き合ってるわけじゃないからね。だからわたしが他の男性とデートしてもそれは浮気にはならないよ」  すみれは都筑を睨み返した。 「僕たちが付き合ってないだって。バカなこと言うなよ。僕たちはデートの度にセックスしてるじゃないか。君は付き合ってもない男とでもセックスをするのか」  都筑が詰めよってくる。すみれは後退りするが、都筑に両肩を強い力で握られロックされた。すみれは恐ろしかったが、ここで弱気になってはいけないと顔を上げて都筑の目をじっと見た。都筑と目が合ったが、ここで目を逸らしてはいけない。 「付き合う前にセックスしてないと、体の相性がわからないじゃない。付き合ってからセックスして相性が悪かったら最悪でしょ」  すみれは詩乃の言葉を真似た。 「君がそんな女性とは思わなかった」  都筑は首を折った。すみれの両肩を握っていた腕がだらんと垂れた。 「わたしのこと軽蔑した? もう会わないでいる?」  すみれが言うと都筑は首を横に振って、すみれの目をじっと見つめた。 「いや、僕は君無しでは生きていけない。君を僕だけのものにするために努力するよ」  都筑が目に涙を浮かべてすみれの目をじっと見た。 「拓海さんがそう言ってくれると嬉しい」  すみれはニコリと笑みを浮かべた。
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