ストーカー

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ストーカー

 毎週二人の男性とデートするとなると、なかなか忙しい。土曜日に河田とデートし日曜日に都筑とデートするのがパターン化している。二人は土日ともにデートしようと言ってくるが、一日は掃除や洗濯をしないといけないし、女友達とも会いたいのでと言って断り続けている。  二人ともすみれの言い訳を鵜呑みにしてないようで、自分と違う日はライバルの男性とデートしていると思っている。河田はそれでも納得しているようで、いつかはすみれの男友達から彼氏に昇格するんだと言っている。しかし、都筑の方は納得していない。すみれが都筑に抱かれている時に河田の名前を叫んでしまってから、都筑は変わっていった。  都筑は土曜日に掃除や洗濯するのなら、僕も手伝うよと言ってくる。掃除や洗濯は自分のペースでゆっくりとやりたいからと言って断るが、都筑は口を尖らせて不服そうな表情を浮かべる。  河田とのデートの日は、都筑と鉢合わせしないように現地で別れ、そこからはすみれ一人で帰ることにしている。都筑が駅やマンションの前で待ち伏せしている恐れがあるからだ。すみれはねちっこい都筑のことが恐ろしくなってきた。  河田とのデートの後、マンションまで帰ってくると、マンションの前の公園に人影を見つけた。シルエットからして都筑に間違いない。すみれは「ハァ」と深いため息を吐き肩を落とした。すみれは都筑に気づかないふりをして、スマホに視線を落としたまま、都筑の前を素通りしマンションに入ろうとした。  そこで「すみれ」と声をかけられた。都筑はあの日以来すみれの名前を呼び捨てにするようになった。すみれは立ち止まり振り向いた。 「あーっ、拓海さん」  今気づいたふりをした。 「僕の前を通り過ぎる時に僕に気づいてなかったの」  都筑は口元だけの笑みを浮かべた。 「ごめんなさい。考え事してたから」 「スマホばかり見てたけど」  都筑がすみれが手に持つスマホを顎でさした。 「ああ、面白い動画があったから」 「何の動画を見てたの」 「大したことないよ。お笑いの動画を見てただけ」 「僕にも見せてくれる」  都筑が右手を差し出してきた。 「嫌よ」  すみれはスマホを鞄に入れた。 「僕に見せられないのか」 「見せられないというか、何故あなたに見せなきゃならないの」  すみれは苛立ってきつい口調になった。 「ごめん」  都筑が出した右手を引っ込め頭を下げた。しかし、まだ納得していない様子だ。 「今日は掃除と洗濯するから家にいるって言ってたよね。なのにどこかに出掛けたんだよ」 「急に友達に誘われたから」 「友達にか」  都筑が眉間に皺を寄せた。 「そう、友達に誘われたから」 「それ、誰なんだ。女なのか、それとも男なのかどっちだ」  都筑の口調がきつくなった。すみれは「ハァー」と息を吐いて、肩を落とした。答える気になれない。 「言えないのか」 「高校の時の同級生。一番仲がよかった野々村詩乃っていう女友達よ」  嘘をついてこの場から逃れたい。本当のことを言ってもいいが、後が面倒臭い。 「本当か」 「わたしが信じられないわけ」 「信じたいけど、何とも言えないな。君はふしだらな女だからな」 「わかったわ。わたしのことが信じられないなら友達としても続けられない。明日はもう会わないから。今日は女友達と遊んでたから掃除も洗濯も出来てないし、ちょうどよかった。明日は掃除と洗濯するから、あなたとは会えない。そうしてくれる」  すみれが言うと、都筑は「ごめん」と言って頭を下げてから、「明日は僕と会ってほしい」と涙声で言ってきた。  断ってもしつこく言い寄ってくるのはわかっていた。仕方なく、すみれは「わかったわ」と言って、そのままマンションの入口に向かった。 「ほんと、わがままでごめん」  都筑がすみれの背中に向かって言うが、すみれはそれには答えずマンションの自動ドアをくぐった。  部屋に入るとすぐに都筑からラインがきた。申し訳ないといった内容のメッセージだった。すみれはそれを見てうんざりした。これまで都筑と河田を天秤にかけていたが、一気に河田の方に傾いた。もう河田に決めてもいいかなと思いはじめていた。  考えてみると、婚カツパーティの時は都筑の方に天秤は傾いていた。それから二人とデートを重ねセックスをし、二人を天秤にかけ続けているうちに、天秤の傾きは都筑から河田へと変わっていった。  最初は都筑がよかったので、すみれはすぐに都筑と付き合おうと思った。しかし詩乃にそれを言うと猛反対された。詩乃が最初から決めつけて付き合うのは危険だ。男友達として、じっくりと見極めてから決めた方がいい。二人とデートを重ねセックスをして性格や体の相性を見てから決めればいいと言った。  もし、詩乃の言うことを聞かないで、婚カツパーティの後、都筑と付き合うと決めていたら、河田からのラインを無視していたら、今頃、都筑と河田の両方失っていたかもしれない。 『二兎を追う者は一兎をも得ず』なんて嘘だなと思った。詩乃の言う通り、すぐに決めずに天秤にかけ続けてよかったと思った。優しいと思っていた都筑は粘着質な性格だとわかった。遊び人だと思っていた河田は一途にすみれのことを想ってくれ、じっと我慢して文句を言わず待ってくれた。そして毎週彼はすみれに快感をくれる。  次の日の都筑とのデートはギクシャクしたものになり、ホテルに誘われたが疲れてるからと言って断った。都筑は駅で別れようとはせず、すみれのマンションの前までついてきた。すみれはマンションの前で「お疲れ様」と言ってさっさとマンションに入って行った。都筑は何か言いたそうだったが、彼が口を開く前にマンションの入口へ向かった。  部屋に入ってからラインが届いた。都筑からだろうなと思ってスマホの画面を開いた。見た瞬間にゾッとした。やはり都筑からだった。 『君を愛してる』と書いてあった。返信はしなかった。  すぐにまたラインが届いた。 『しばらく、前の公園から君の部屋を眺めてから帰ることにする』  すみれはベランダの窓から都筑に気づかれないように覗いた。公園の金網の柵の前に立つ黒い影がこっちを見上げている。「いい加減にしてよ」と呟いて、すみれは勢いよくカーテンを閉めた。  満員電車から吐き出されるように降りて改札を抜けた時に強い視線を感じた。視線が気になるが顔を向ける勇気はなかった。視界の端にとらえたのが都筑のような気がしたからだ。都筑なのか確かめたい気もするが、気づかないふりをした。  駅からマンションへ向かう途中、後ろからコツコツと足音が聞こえてくる。さっき駅にいたのは都筑だったのだろう。この足音の主もきっと都筑だ。すみれは真っ直ぐ前を向いて早足で歩いた。足音はすみれがマンションに着くまで続いた。マンションの前で立ち止まると足音も消えた。すぐ後ろに都筑が立っているのだろう。すみれは振り返らずマンションに急いで入り、エレベーターに乗り込んだ。エレベーターが五階について急いで通路を歩いた。部屋に入るとすぐに鍵をかけてから、ドアに耳を当てた。物音が聞こえないのを確認して「フゥー」と息を吐いた。  テーブルに荷物を置いて着替えを済ませた。恐る恐る窓から外を覗いてみた。そこには夕日に照らされる都筑の姿があった。そこでスマホが鳴った。スマホを見ると都筑からのラインだった。開くのもうんざりしたが、とりあえず開いて文面を見た。 『すみれをビックリさせようと思って駅で待ってたんだけど、すみれは僕に気づかなかったね』  最後に笑顔の絵文字がついていた。返信する気にはなれない。するとすぐに次のラインがきた。次の日曜日のデートの誘いだったが、すぐに『無理です』と送り返した。  翌日も都筑は駅で待っていた。すみれは同じように無視してマンションへと向かった。それが一週間も続いた。その間、都筑はすみれの後をついてくるだけで声をかけてくることはなかった。声をかけられても困るが、何も言わすにマンションまでついてきて、それからマンションの前に立って部屋を見られていることも恐怖だ。そろそろ都筑との友達関係を終わりにするタイミングを考えないといけないと思った。  美味しいと有名な洋食店で、そこの一番の人気メニューのオムライスをスプーンで取り、口に入れた。少し酸味のあるチキンライスがタマゴと調和しデミグラスソースの酸味と甘味とコクが口の中に広がる。美味しいものを口にすると嫌なことを忘れて幸せな気分になるとすみれはあらためて思った。前に座る河田はミックスフライ定食の海老フライを頭から美味しそうにかぶりついていた。無邪気な子供みたいだと思った。そんな河田を見ていると、この後、二人で異人館やハーブ園に行くことが楽しみでならない。 「俺はまだ友達のままで彼氏には昇格できないの」  隣で横たわる河田が息を切らしながらすみれの髪の毛を撫でて訊いてきた。 「うん、ごめんなさい」  すみれは意識が朦朧としていた。河田と付き合いはじめてもいいかなと思ってはいたが、まだ決めるには早いかもしれない。 「婚カツパーティでマッチングした男とはまだ続いてんのか」  河田は体を起こし、背中を向けたまま訊いてきた。河田はこれまでこの件に関しては何も訊いてこなかったが、すみれと都筑の関係が進展しているのかはずっと気になっていたのかもしれない。  すみれは最近の都筑の言動を正直に話して、河田に助けてもらおうと思った。 「実は、その人とは友達としても終わりにしようかなって思ってるの」  すみれもベッドから体を起こした。  河田は「ほんと」と言って向き返り、目を大きく見開いてすみれの両肩を握った。 「うん、最近、その人がちょっと怖いの。最初から男友達でって言ってるのに、最近はわたしのことを自分の彼女みたいに束縛しようとするの」 「自分の彼女でもないのに、すみれちゃんを束縛しようとするわけか。すみれちゃんは可愛いから気持ちはわからなくないけど、すみれちゃんの気持ちを尊重しないといけないよな」 「わたしはそんなに可愛くないよ。けど、彼の束縛に疲れてきて、最近は彼を避けるようにしてるの。でも、彼はしつこいの」 「具体的にはどんなことで束縛しようとしてるわけ」 「わたしの一日の行動をいろいろと訊いてくるの。誰と会っていただとか、スマホを見せろだとか、最近は駅で待ちぷせしてて、わたしが無視して帰っていくと、後からマンションまでついてきて、マンションの下からわたしの部屋を見上げてるの。怖いから外を見ないようにしてるけど、きっと真夜中までいると思う。それで最近は眠れなくて」 「それってストーカーじゃねえか」  河田は眉間に皺を寄せた。、 「うん、ほとんどストーカー」 「ほとんどじゃなくて、完璧なストーカーだ。すみれちゃん、このままだと危ないぞ。さっさと関係を切った方がいい」 「そう思ってる。でも、下手にもう会いたくないとか言うと何されるかわからなくて、どうしたらいいんだろう」  すみれは両手で顔を覆った。 「警察に相談するのがいいかもしれないけど、警察は事件じゃないと動いてくれないって聞くし、とりあえず俺がそいつに話をつけてやるよ」 「どうやって?」 「今日も奴は待ち伏せしてるかな」 「わかんないけど、いるかもしれない。特に土曜日のわたしの行動を疑ってるから」 「じゃあ、今日は送っていくよ。そこで奴がいたら、俺がガツンと言ってやる。すみれちゃんは嫌がってるから二度と近づくなって」 「それで納得するかな」 「力ずくで納得させるよ」  河田はすみれの顔の前で拳を握って見せた。すみれはありがたい気持ちと大きなトラブルにならないかという不安な気持ちが入り乱れたまま「ありがとう」と河田の肩に額をのせた。  河田と駅に降りてから、辺りを見渡した。 「大丈夫、いないみたい」  駅前に都筑の姿は見当たらなかった。しかし、油断はできない。今日は土曜日だから、すみれがマンションにいるか見張ってるのかもしれない。 「そう。じゃあマンションに向かうか」  河田はそう言って先を歩きだした。すみれは河田の後ろについて歩いた。どこかから都筑が飛び出してくるんじゃないかと気が気ではなかった。前を歩く河田も少し緊張しているのか肩が少し上がっていた。体格は河田の方が都筑よりひと回りもふた回りも大きい。もし、取っ組み合いの喧嘩になっても河田に分があるように思う。  マンションの前まできたが、結局都筑は姿を見せなかった。取り越し苦労だったのか。このまま都筑があきらめてくれたのなら助かる。 「いなかったな」  マンションの前で河田が少しほっとした笑みを浮かべた。 「このまま姿を見せなくなってくれたらいいのに」 「俺は一言くらい文句言ってやりたかったけどな」  河田はすみれと向かいあって笑みを浮かべた。すみれも河田に笑みを返した。  すみれは河田の顔をじっと見つめた。「あなたと付き合うことに決めました」心の中でそう呟いてから、口に出して言おうとした。 「徹平さん」 「なに」  河田がすみれに顔を近づけてきた。 「わたし、あなたと……」そこまで言ったところで、すみれは言葉を失った。 「なんだよ」  河田が訊いてくるが、すみれは体の震えがとまらなくなった。河田の肩越しに鬼のような形相をした都筑の顔を見つけたからだ。ガクガクと顎が震えて止まらない。 「徹平さん、後ろ」  すみれがそう言った時には、もう遅かった。  都筑が徹平の後頭部めがけて持っていたカバンを振り下ろした。 『ボコン』と嫌な音とともに、河田の体がすみれの前から沈んだ。 「徹平さーん」  すみれは屈んで倒れた河田の顔を覗きこんだ。河田は口から泡を吹いて白目を向いている。すみれは河田の頬を叩いてみるが意識が戻りそうにない。見上げると都筑が肩で息をし、すみれをギロリと睨みつけていた。  すみれは悲鳴を上げようとしたが、震えて声が出なかった。立ち上がり都筑にバッグを投げつけて逃げ出した。都筑はすぐに追いかけてきた。すみれは走って逃げた。 「すみれ、待てよ」都筑が追いかけてくる。  すみれは走るが、運動音痴な上、慣れないハイヒールを履いているので、すぐに都筑に追いつかれて右手を握られ公園の金網の柵に体を押し付けられた。 「どういうことだ」  都筑がすみれに顔を近づけて喚いた。すみれは公園の金網の柵に体が埋め込まれるくらい押し付けられた。柵は新しくできたばかりなのに、グニャリと曲がった。 「痛い」  すみれは都筑から目を逸らす。 「さっきの男は誰なんだ」  都筑が耳元で喚いた。 「わたしの男友達よ」 「もしかしてあいつがテッペイなのか」  都筑が顔を近づけるが、すみれは顔をそらした。 「そうよ」 「今日は二人で出かけてたのか」 「そうに決まってるでしょ」 「今日は掃除と洗濯するからマンションにいるんじゃなかったのか」 「彼に誘われたから出かけたの」 「テッペイと浮気してたのか」 「浮気って、わたしはあなたとも付き合ってないって言ってるでしょ。だから浮気じゃないの」 「付き合ってもないのになぜ僕とセックスをするんだ」 「前も言ったでしょ。付き合う前にセックスして体の相性を確かめるんだって」 「じゃあ、今日はテッペイともセックスしたのか。あいつと僕のどっちがいいんだ」  都筑の声が一段と大きくなった。すみれは都筑の問いに答えず俯いた。 「テッペイとセックスしてたのか訊いてんだ」  都筑が耳元で喚く。 「当たり前でしょ。それに彼の方が気持ちいいの」  すみれも喚いた。 「僕はすみれのことが心配で、今日はずっとここで待ってたんだぞ。それなのに……」  そこで、都筑は「ウワーッ」と大声をあげてポケットから何かを取り出した。都筑がポケットから取り出したものがキラリと光ってすみれの目に射した。都筑が何を持っているかわからない。 「殺してやるー」  都筑が喚いた後、すみれの首に激痛が走った。目の前が真っ赤になったところで目の前が霞んで、最後にすみれは意識を失った。  すみれが目を覚ますと見覚えのある白い天井と蛍光灯が見えた。体を起こし見渡すとやはりここは自分の部屋だった。  これまでの記憶を思い起こしてみる。確か都筑にマンションの前の公園で襲われて意識を失ったはずだ。それからどうなったんだろう。今ここにいるということは誰かがここまで運んできてくれたのだろうか。河田だろうか。しかし河田の姿はないし、あの時河田も意識を失っていたはずだ。都筑はどうしたのか。まだ公園にいるかもしれないと、立ち上がり窓を開けてベランダに出た。ベランダから公園を覗いてみた。都筑の姿はない。そこでおかしいことに気づいた。公園の柵のあった場所が工事中になっていて黄色い衝立が立っていた。確か二ヶ月前には工事は終わったはずだ。そして、さっき都筑に押さえつけられた時は間違いなくペンキの艶が残る柵があった。すみれは首を傾げた。  その時、背中から「だ、だれ?」という声がした。  びっくりして振り向くと河田でも都筑でもなく、女性が立っていた。部屋に自分以外の女性がいることにすみれは頭が混乱した。 「あっ、こんばんは」  すみれは女性にそう声をかけて一歩前に出た。なぜか恐怖心はなかった。その女性が自分に似ていたからかもしれない。
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