オーシャンズ・クロス

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オーシャンズ・クロス

「汐見セーラ……。その少女が、照明弾に蓄えられていた月光を全て吸収したと?」 「はい。何か、得体の知れない特別な力が働いているように見えました」 「なるほど。しかも、アルバ君を見て太陽と……彼から太陽の気配がすると、確かにそう言っていたのね?」  聖の問いに、海聖と隣に立っていたアルバは頷く。  眉間に皺を寄せる管区長に、海聖たちは固唾を呑んで次の言葉が紡がれるのを待った。  関東師団基地へ戻った後、海聖とアルバは一度体を休めてから本部へと向かった。セーラなる謎の少女と、彼女が使用した超能力について聖に報告するためだ。  騎士として多くの知識や経験を積んでいる彼女であれば、何か分かるかもしれない。 「……恐らく、その少女は〈星術師(せいじゅつし)〉でしょうね」 「星術師?」  海聖が聞き返すと、聖は静かに首肯した。 「水星、金星、火星、木星、土星――そして、その五星よりも大きな力を持つとされている太陽と月。七星の力をそれぞれ操ることが出来る人間のことを、星術師と呼んでいるの」 「七星の力……。つまり、セーラという少女は……」 「ええ。聞いたところ、〈月〉の力を宿した星術師である可能性が高い」  人智を超えた力を持つ存在に、海聖とアルバは息を呑む。  セーラの正体が判明したところで、ようやく彼女が言っていた「太陽」という言葉の意味も掴めた。 「では、真潮さんは――〈太陽〉の力を司る星術師だというのですか……!?」 「彼女の言葉が嘘偽りない真実であればね」  呆然と立ち尽くすアルバに、似て非なる二種類の黒瞳が向けられる。 「……全く身に覚えがありません」  予想通りの返答に、海聖と聖は特段顔色を変えることなく静聴に徹する。 「両親から星術師について教わったことも無いですし、ましてや自分がそうであると言われたこともありません。それに、確証が無いのでまだ決まったわけではないにしても、仮に僕が太陽の星術師だとして、なぜあの少女が僕がそうだと見抜けたのかが分かりません。今日初めて、僕はあの子と出会ったというのに……」 「そうね。何にせよ、今回の事例は特殊で不明な点が多い。元々星術師に関する情報は極めて少ないから、私も詳しいことはよく分からないのよ。だから、こちらでも調査を進めておくわ」 「分かりました」  海聖が顔を縦に振ると、 「他に、何か気になることや変わったことは無かったかしら?」  聖がそう問うてきたので、思わず海聖はアルバの処遇について切り出しそうになる。  だが、隣で俯いては混乱を隠せていない彼に、賢者としての素質を検討し直す必要があると意見するのは憚られた。  今はこの件について触れるのは止めた方がいいだろうと、海聖はかぶりを振る。 「いえ、ありません」 「そう。ご苦労だったわね」  敬礼し、アルバと共に管区長室を後にした海聖たちは扉の前で足を止める。 「僕は……本当に星術師なんでしょうか」  弱々しい疑問が投げかけられ、海聖はアルバの顔を見上げた。 「それはまだ分かりません。ですが、もし真潮さんが星術師であれば、少なくともあの少女のように太陽にまつわる異能を使えるのではないですか? 例えば、日光を手の上にかき集めたりだとか」 「……そうですよね」  アルバは己の掌に視線を落とし、自嘲気味に言う。 「今の僕に、異能を行使できる力量があるとは到底思えませんが」  でも、と彼は掌を握りしめて力強い光を湛えた双眸を海聖に向ける。 「あの子の言動を察するに、僕は星術師と海魔には何らかの関係があると思っています」  その関係を突き止められれば、海魔に怯えなくて済むようになるかもしれない。  突拍子も無い発言に、海聖は目を瞠りつつも「なぜ、そう言い切れるんですか」と眉根を寄せる。 「確かなのは、セーラという少女が海魔の味方であるということです」 「あの子が、海魔の味方?」 「はい。もし、彼女も海魔を脅威と捉えているのであれば、わざわざ月光照明弾を無効化して僕たちに海魔を差し向けるような真似はしないでしょう」 「……言われてみれば、そうですね」 「もし仮に、星術師全員が海魔を擁護する立場にあるのだとしたら、彼女たちには海魔を守るというそれなりの理由があるはずなんです。それを解き明かせば――」 「あなたの望む、共存が叶うのではないか。そういうことですか?」  反対の意志を持つ海聖が語気を強めて確認すると、アルバは少し居心地が悪そうに「はい」と頷いた。  海聖は小さく嘆息する。 「……共存に対する私の意見は変わりません。あなたが海魔に対して抱いている感情も、受け入れることは出来ない」  アルバが目を伏せたのと同時に、「でも」と海聖は彼の(おもて)を上げさせた。 「星術師と海魔に何らかの関係があるのなら、私も突き止めたい」 「海聖さん……!」 「勘違いしないでください。私は奴らを根絶やしにする鍵が星術師にあると思っているだけです」  だから――  海聖は一息吐いて、仕方なさそうに言った。 「調査や研究が要である賢者(あなた)を追放するのは、保留にしておきます」 「つ、追放って……」 「じゃあ、私は基地に戻りますので」  それでは、と海聖は踵を返して回廊を歩き出す。 「海聖さん!」  振り返ると、白亜の賢者はどこか嬉しそうにこちらに手を振っていた。 「改めて、これからもよろしくお願いします」  とんでもない賢者にして愚者が相棒になったものだと、心の中で盛大に嘆息しながら海聖はまた一歩踏み出した。  そんな彼女とは正反対の道のりをアルバは進む。    多くの謎と闇を抱えた海で、騎士と賢者は出会い、交差した。  黒白の十字架が背負う運命が導くのは、救済かそれとも破滅か――。  その顛末に辿り着くまで、彼女たちはこれからも駆け抜けていく。  群青に純白の軌道を描きながら。
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