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相反する大義
アルバの熱弁は確かに一理あった。
海聖も時折「確かに」と思いながら、今一度海魔とは何かを考えていた。
だが、どうしても海聖にとっての海魔は、両親を始めとした無辜の民を喰い殺す魔物だ。
その事実と怨嗟の情は拭えない。
どんな理由や経緯があれ、人を貪り喰う捕食者に変わりはないのだから。
「真潮さんの考えはよく分かりました」
でも――
黒曜の明眸が温静な薄水の双眸を射抜く。
「だからといって、奴らに情けをかける必要はありません」
少女騎士の剣幕に、アルバは思わずたじろいだ。
伊達に海域長――ひいては最強の騎士としての称号を持ち合わせているのではないのだと、改めて思い知らされる。
「人々に仇なすことが奴らの本意では無かったとしても、これまで大勢の人間の命を奪ってきたことに変わりはありません。……私が招いた災厄とはいえ、両親を殺したのも正真正銘あいつらです」
「しかし」
「私たち騎士に屠られていく奴らをこのままずっと憐み続けるというのなら、真潮さん。あなたは今すぐに賢者をやめた方が良い」
バディからの冷厳な指摘に、アルバは虚を衝かれた。
何か言いかけようとしたが、上手く言葉が出てこず、二の句が継げなかった。
「騎士はあなた方賢者と一般人の身の安全を確保するために、賢者は人類を危機的状況から救うために存在し、互いの協力を不可欠としています。言い換えれば、海魔による人類滅亡を防ぐことが私たちに課された使命です」
「……はい」
「海魔に情けをかける者は、いずれ現場に混乱を招く。あなたの憐憫や温情が人を殺してしまう前に、早く今の地位から退いてくれませんか」
返す言葉が見つからない――そんな状況に陥りそうだった。
だが、自分とて生半可な気持ちで賢者になったわけじゃない。
ただ海魔に対する憐みを抱き、その死を悼むためだけに海上にいるのではない。
アルバは伏せそうになった目線を何とか維持して、凛然と佇んではこちらを見据える少女騎士を見つめ返した。
その瞬間、海聖は僅かに目を見開く。
「海聖さんの仰ることも理解できます。ですが、僕は賢者をやめるつもりはありません」
「あなたの甘い考えや判断が、守るべき人民を殺すことになってもですか」
「いいえ。僕が海魔の死を惜しむのは、彼らがまるで何かに操られているように見えるからです。彼らは決して、人を殺すために生まれてきたのではない。そもそも、破壊や殺戮という命題を課されて生を享受する命なんてありません」
「海魔が被害者だという証拠は無いでしょう」
「そうですね。しかし、これからその証拠を掴みにいきたいと思っています。僕が望む――人類と海魔が共存できる世界を実現するために」
「…………人類と海魔が共存?」
「はい」
アルバが肯定すると、すぐさま自身の喉に鋭利な切っ先が向けられた。
突如突きつけられた危機に硬直してしまい、身動きが取れなくなる。
「よくもまあ、肉親を海魔に殺された遺族の前でそんなことが言えますね」
地を這うような低声が冴え渡った。
「海聖さ」
「黙って」
十字剣が更に肉薄する。
辛うじて絞り出した声も、その牽制で引っ込んでしまった。
「人類と海魔の共存、ね……。笑わせないでよ」
冷え冷えとした海聖の憤怒に、アルバはきゅっと唇を引き結ぶ。
「人の思いを蔑ろにしているにも程がある。海魔に身も心もずたずたに引き裂かれた人たちが今どのようにして過ごしているのか、想像したことがありますか?」
「っ……!」
「大切な人や住むところを奪われた結果、残ったのは海魔に対する恐怖と憎悪、それから理不尽な現状への絶望だけ。被害者の人たちに、さっきのご高説を宣言してみなよ」
あんたはきっと、非難や罵倒だけじゃ済まされない。
いつの間にか敬語が取り払われ、痛烈な言葉の刃が己の心に深く突き刺さった。
剣がゆっくりと降ろされたのが分かったが、そのまま喉元を突かれたような気がした。
それだけアルバにとって、当事者である海聖の糾弾は心身を焼いた。
――彼女が怒りに震えることくらい、分かっていたはずなのに……。
重い沈黙が両者の間を取り持っていた最中、
「あれあれぇ~、何だか重たい空気が流れてるネ」
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