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海上の戦乙女
彼女が鋭い連撃を刻むたびに、巨大鮫は暴れ狂いながら苦悶する。
当然少女の足場も不安定になるが、彼女はそれを意に介さず俊敏な身のこなしで巨大鮫の頭部に到達した。
「死ね」
凛然とした声音でそう呟いた後、少女は躊躇いなく愛剣を脳天に突き刺す。
すると、巨大鮫は一瞬硬直したように身動きを止め、そのまま海面に落ちた。
ざぶんと大きな波音が立ち、女性と子供に波しぶきがかかる。
だが、そんなことを気にしていられる余裕は無く、女性は茫然としていた。
「すみません。もう少し早く来ていれば、あなたとお子さんをこんな怖い目に遭わせることは無かったのに。お怪我はありませんか」
いつの間にか、小柄な少女は巨大鮫の背から降り立ち、バイクに乗ってこちらに駆けつけていた。
先ほどの冷酷な声音から一転、柔和で落ち着きのある声を掛けられ、女性はまだ状況の整理がつかないまま少女を見上げた。
毛先が緩やかに波打ったボブカットの黒髪と黒曜の瞳。
銀の十字架ピアスが潮風に揺られた髪の間から垣間見え、その神秘的な美しさに女性は息を呑んだ。
そして、可憐な少女の矮躯を包むのは威厳ある濃藍の軍服。何よりも視線を惹くのは、胸元に装着された漆黒の十字架とその中央部に咲く真紅の薔薇。
海色の軍服と特徴的なブローチを身に着ける人物を、この世で知らない者はいない。
「あの……あなたは、もしかして……」
「はい。〈騎士海軍〉の者です」
座り込む女性と同じ目線になって微笑みかける少女。
彼女の素性とその微笑みに女性は安堵し、強張っていた体が一気に脱力した。
だが、すぐに焦燥を浮かべて周囲を見渡す。
「海蛇はっ!?」
「ご安心を。鮫を駆除する前に狙撃銃で仕留めましたから」
少女が指さした方角を見やると、確かに海蛇がまさしく漂流している丸太の如く海面に伏していた。女性が巨大鮫に気を取られている間、騎士の少女が海蛇を狙撃してくれていたらしい。
それにしても、よくあの短時間で的確に海蛇数匹を仕留め、なおかつ親玉である巨大鮫をその小柄な体躯で斬りつけることが出来たものだと、女性は秘かに感嘆する。
何より自分たちが命を落とさずに済んだことに驚かざるを得なかった。
「もうすぐ部下も到着しますので、それまで私と一緒にここで待機してください」
「え、でも……」
「大丈夫。先ほど月光照明弾を海中に投げ入れたので、暫くは海魔も寄ってこないはずですから」
海魔は月光を嫌い、夜間は海面に浮上してこない習性がある。
海上に人間が住めるのも、家内の照明として月光灯を使っているからだ。月光灯はその名の通り、月の光を吸収して蓄えた特殊な電球を指す。
少女騎士の言葉を信じ、女性は「分かりました」と同意した。
そして、微かに口角をあげて尋ねる。
「本当に……助けていただいてありがとうございました。あの、よろしければお名前を伺っても?」
失礼しましたと、海上の戦乙女は自身の胸に手を添えて名乗る。
「私は阿辻海聖。CMM日本管区所属の関東海域長です」
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