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新しいバディ
目的の部屋に着くと、それまで後ろに控えていた卓美が前に進み出て扉をノックする。
「どうぞ」と威厳ある女性の声が返ってくるや否や、卓美は「失礼します」とドアノブを捻った。海聖も一言断りを入れ、彼の背を追う。
入室すると、部屋の真ん中に配置された執務机の前に三人の人物がいた。
一人は騎士の制服を身に纏い、他の二人は賢者の制服である白衣を着用している。
騎士海軍と同じく、胸元には銀の十字架と中央に配された林檎のブローチがあった。
「あっ、海聖ちゃん! 久しぶり~!」
そこで、賢者の一人が入室早々甲高い声を発した。
「お久しぶりです。玲さん」
「元気にしてた~?」
「はい。御蔭様で」
ひらひらとこちらに手を振っているのは、明るい茶髪のロングパーマが特徴的な女性だった。
天堂玲。MNSRI日本支部の副支部長を務めている優秀な気象学者で、航志郎のバディである。
フリルのついたミニスカートにネクタイ付きのノースリーブジャケットという、いわばアイドル衣装を白衣の下に身に纏っており、中々に風変わりな女性だと海聖は初対面の時思ったものだ。
なぜそんな服を着ているのかと問うと、
『あ~。実はこれね、推しが着てる衣装と一緒なのよ~! 何よりすっごく可愛いじゃない!?』
とのことだった。
二十代後半なのにも関わらず、中身は中高生くらいの少女同然だ。
おまけにマイペースという一癖二癖ある人物なので、航志郎は彼女に対する苦手意識を持っている。
その点に関しては海聖も同情せざるを得なかった。
――確かに、もしこの人が私のバディだったら絶対に振り回されてる……。
ドンマイ、航志郎。
海聖が秘かに部下に対して憐みの情を抱いたところで、今度は騎士服を身に纏った人物が開口する。
「忙しいなか、急に呼び出して悪かったわね。海聖」
「いえ」
ショートカットの黒髪には白髪が混じっており、こちらを見つめる怜悧な黒瞳は海聖のそれと同じだった。
騎士服には豪奢な肩章や飾り紐が装着されており、かの女性の威厳と貫禄を更に引き立てている。
彼女こそ、日本の騎士海軍を統べる最高権威――管区長の阿辻聖だ。
海聖の実の祖母であり、孫を弟子として育て上げた師でもある。
海聖が先ほど言っていた『あの事』はまさにこのことだった。
管区長の孫娘という切っても切り離せない血縁関係こそが、周囲が自分を持ち上げようとする主因。故に海聖は部下たちから噂される度に、唯一の肉親との繋がりに対して複雑な思いを抱かざるを得なかった。
「わざわざ本部に呼ぶということは、よほど重要な話があるとお見受けしますが」
「ええ。あなたに新しいバディを紹介したくてね」
「新しいバディ?」
予想外の返答に、海聖は僅かに眉を顰める。
「三浦さんはどうしたんですか」
「彼には最近お子さんが生まれてね。育児休暇でしばらく仕事から離れることになったのよ」
「……なるほど、それで」
三浦は日本支部の支部長だった賢者の男性だ。
支部長を務めるだけあって、海洋学者としての才は抜きんでており、何より真面目で部下想いな人柄から騎士と賢者の双方からよく慕われていた。
――そういえば、前の海域調査の時にもうすぐ子供が生まれるって嬉しそうに話してたっけ。
「三浦君が復帰するまでの間、あなたには新しく支部長代理に就任した彼とバディを組んでもらいます」
そう言って、聖は隣に佇んでいたもう一人の賢者に手を向けた。
新しいバディは穏やかな笑みを浮かべたまま海聖を見据える。
真白の癖毛と少し大きめの丸眼鏡が特徴的な青年だった。
私服も薄水色のシャツに灰色のスーツズボンという、如何にも学者らしい質素な身なりで、玲と偉く対照的である。
――それにしても、この若さで支部長代理って……。
まあ、自分が言えたことじゃないかと、海聖は内心軽く息を吐く。
年は恐らく海聖の少し上の二十代前半。
副支部長である玲が代理にならないあたり、周りから相当評価されている賢者なのだろう。
海聖があれこれと推察していると、青年は一歩前に出て丁寧にお辞儀した。
「初めまして。本日付けであなたの新しいバディとなった、支部長代理の真潮アルバと申します」
よろしくお願いします。
アルバと名乗った青年賢者が手を差し出してきたので、海聖もそれに応え握手を交わす。
「関東海域長の阿辻海聖です。こちらこそ、よろしくお願いします」
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