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急襲
海聖の叫びにアルバは驚きつつも、言われた通りすぐに腰を低くする。
恐る恐る振り返ると、少し離れたところに巨大な黒龍が頭を覗かせていた。
「クロカイリュウ!?」
アルバが愕然とした面持ちで学名を言い放つと、その刹那するどい発砲音が鼓膜をつんざく。
自身の護衛騎士に視線を戻すと、いつの間にか彼女は狙撃銃を構えてクロカイリュウの右目を的確に狙撃していた。
発砲音に続いて、苦悶の鳴声が天空に向かって放たれる。
「なんでクロカイリュウがこんなところに……!」
クロカイリュウは、まだMNSRIの調査が及んでいない領域の深海に潜むと言われている大型海魔で、とりわけ残虐性が強い個体だった。
目撃例も数えるほどしかないが、かの海魔による被害の大きさや犠牲者の数は他の海魔事件とは比べ物にならない。
海聖でさえ、その巨躯と迫力に一瞬息を呑んだほどだ。
「流石に他の海魔まで来られたら分が悪い」
もう片方の目を狙撃して完全にクロカイリュウの視界を奪った後、海聖は懐から月光照明弾を取り出す。
クロカイリュウが激しく身悶えしている間に、慣れた手つきでピンを外し、勢いよく海に放り投げる。
すると、くぐもった爆撃音と強烈な閃光が弾け、あたり一帯の海中が煌々と輝いた。
「これでしばらく他の海魔は出てこないはずです。私が奴の相手している間に、真潮さんは今すぐここから離脱してください」
「そんな、海聖さんをおいて僕だけここを離れるわけにはいきません! それにっ……」
「護衛対象である賢者に何かあったら、それこそ騎士の名折れです。問答を繰り広げてる暇はありません。それでは」
「待って!」
アルバの制止を振り切って、海聖は剣を片手にクロカイリュウがいる方へ直行した。
勢いよく飛び跳ねた水しぶきが僅かに降り注ぎ、アルバの白衣に小さな染みが出来る。
だが、そんなことを気にしている余裕は無かった。
「そんな……このままじゃ、クロカイリュウが……」
白い軌道を描きながら、少女は自身の数十倍もの丈を誇る巨大な魔物へと突き進んでいく。
だが、アルバは何故か海聖ではなく、クロカイリュウに憂慮の眼差しを向けていた。
海聖は強い。
海域長という肩書を超えて、騎士海軍全体の中でも最強の騎士と謳われるほどに。
たとえクロカイリュウが相手であっても、すぐに目潰しをしてクロカイリュウの動きを封じた彼女であれば、おそらく討伐は造作もない。
――助けられなくて、ごめん……。
両の拳を握りしめて、アルバは心の底から海聖の手によって屠られるクロカイリュウに謝罪した。
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