《 1 》

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 今年の夏は、また一段と暑い。  夏生まれの私は夏が得意だったけど、もう得意だのなんの言ってる場合ではない。  暑すぎて爆発しそうだ。  覚悟はできている。  いつかの母の日、母に尋ねたことがある。 「私が生まれたときは暑くって大変だったでしょう?」  ところが母は、 「昔は猛暑だ酷暑なんてなかったもん。過ごしやすい夏だったよ。いい(なつ)日和(びより)だった」  回想に浸る母の想いが、電話越しながらも伝わりきたのを覚えている。それを受けて私はより深く、母への感謝を述べたんだった。  その母もすでに他界しており、もう直接伝えることはできなくなっている。  いま直接伝えることができるのは、私のおばあちゃん。父方の祖母である。  私と同じ夏生まれのおばあちゃんに、今日は誕生日見舞いと称して会いに来た。  住み育った町の介護施設。  国民年金だけじゃ足が出ちゃう施設におばあちゃんはいる。 『どんなに貧乏でも年金だけは納めないと──』  おばあちゃんの言葉が時代の虚しさを感じさせる。歯を食いしばって納めてきた年金じゃ施設にも入れないご時世、当の本人は気づくまい。  私の母の入退院も葬儀も知らず、会いに行けば変わらぬ優しい笑顔でプリンを美味しそうに食べてくれる。 「おばあちゃん、おいし?」  両手は自由に使えるので食事介助の心配はない。嚥下(えんげ)と無理のきかなくなった足の心配、そして軽度の痴呆がおばあちゃんの現状だ。  ゲートボールで賞状をもらった話は、高齢者の健康推進活性化に貢献したとかなんとかで、車で二時間かかる県庁付近まで行ったのだと毎回誇らしげに聞かせてくれる。  それがワンセットの始まり。  庭を歩くといつだって飼い猫のミィが先回りして、足元に転がってきては『遊んで〜遊んで〜』とゴロンゴロンする。  田んぼに水をはったら鴨の親子が住みつき、畑に行くたび眺めてた。  カサヤさん(屋号)はいつもあたしの花壇をきれいだね、すごいねって褒めてくれた。  おばあちゃんは頭やっちゃったけど、おかげさまでまだ元気ですよ。  くも膜下出血を経験してからかれこれ二十五年。フルタイムの介護を覚悟したこともあった。しかし、たくさんの奇跡がひとつの障害も残さず余生を与えてくれた。  なんとも立派なおばあちゃんだ。  共働きの両親にかわっての、私の育ての親だ。  ワンセットお決まりの『お話』だって相槌の名手としていつも聞く姿勢は崩さない。  攻撃性はどこにもなく、優しい記憶に包まれたワンセットは、私からの恩返しにもなる。
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