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ここに、祖父が語った遺志を書き記そうと思う。
『
戦争なんてものは、大層な肩書と名文を与えられただけの殺人行為でしかない。
殺さねば殺されるなんてものは、とうの昔に人間が乗り越えたはずだ。人間はそれを乗り越えて、何かをつなげる事ができる生物になったんだよ。
ただ生きるだけでは何も残らん。だが、戦争をしたところで、何も残らん。
戦争もまた正当性を有するなどと宣う連中は、みんな命を知らんだけだ。命の何たるかを知らん愚か者だ。
終戦の兵たちは、悔しそうにしている奴もいたし、悲しそうにしている奴もいた。申し訳ないと言い続けて地に伏してる奴もいた。
でもほとんどの奴らは、ただ茫然と空を見上げて胡乱な目をしていたよ。奴らはきっと、安心していたんだ。心の片隅に追いやって押し込めていた恐怖を、その両肩から下ろすことができたんだから。
もう鉛玉の雨に立ち向かわずに済む。
迫る衝撃に備えなくて済む。
重厚な金属板目掛けて引鉄を引かずに済む。
勝利や母国……そう云う緊張の糸が切れたんだよ。
ひどく、ひどく安堵していたんだ。
ただただ見上げる青空が、こんなにも安心を与えてくれるなんて、当時は思いもしなかったからね。
……もう、愚かさは足り過ぎているから。
国を憎んではいけない。
人を恐れてはいけない。
受け入れて、手を取り合えるように、みんながそう思えれば良いのにね』
言いながら、祖父は私の頭を人より指の少ない掌で撫でていた。
以上である。
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