第1章 春

1/1
前へ
/13ページ
次へ

第1章 春

第1章 春  6/21 ある、春の夢を見た。 淡紅色の桜が咲く情景を、荒く風が壊していくのを見送る、僕がいた。 宙を舞った桜の花びらは春の小人達のよう。彼らは麗らかに歌を詠っているようで。 春陽をおびて淡く、暖かな微笑みを世界にふりまいていた。 活きた春の陽気である。 遠くに見える小屋の住人も今日は特別引き戸を開いて、外に広がった春の空を見上げていた。 僕はそんな空を眺めることも、花びらに心を揺らすことすらせずに下を向く。 足元、散った花びらはもう泥をかぶって見えなくなっていた。 小人の歌はもう、聞こえない。 初めから無かったのと同じになっていく。 はぁ、と小さくため息をついた。 花びらは抵抗することもなく風にただ、流されていくから 僕はその、一辺倒な生き方にほんの少しだけ腹が立つ。 記憶の中には未だ、枝に咲く花も、宙に咲く花びらも、 遡れば、緑だったあの頃でさえ残っているのに 嘲笑うように彼等は形を変えて、やがて消えていってしまう。 ただそこに在った記憶だけ残して、無責任に。 そんな夢を見た。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加