第2章 チロル

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第2章 チロル

第2章 チロル  6/22 ある夢で、僕は小さな木造の小屋に座っていた。 開け放した窓からは春の暖かな陽射しと柔らかな風が室内に舞い込んでさらり、と小さくカーテンを揺らす。 窓の外をぼんやりと見てみれば、ヴィヴィッドな世界がそこに広がる。 はっきり鮮やかな陽に照らされて薄緑色をした草原が、ーそれは、海原の様にー視界の限りに広がり、黄色や薄紫色など鮮やかな色をした小さな花々がそれを彩っている。少し視線を上げれば、もやのかかった様に見えるほど大きな山々が雪を少し残してそびえている。そんな雄大な景色が、この小さな小屋の窓枠に収まっている… ここは何処か異国の地である、と思った。 遥か遠く、二羽の鳥が空を遊んでいた。 羽を大きく広げた彼等は、パタパタと優しく羽を揺らし、戯れあって、飛んでいる。 躍るそれは蝶が絡れる様子に似ていた。 あの鳥たちは今を生きている。 窓の外、空を駆けていく鳥の影が緑を深め、すぐに遠くに往ってしまう。 地面に小さく下ろされる暗幕の存在を、彼らは知らないのだ。 地上に踊る自分の翳の存在を、彼らは知らないのだ。 風に触れたい、と思い僕は景色に手を伸ばす。 窓枠を越えた手のひらは直ぐ、白く光った。 その強い陽射しは、僕の体を貫通したように見えた。 体を透明にした、とさえ思ってしまうほどの強い光。たまらず眩んだ視界に目を細める。 すると、突如何か重いものが手に乗る感覚がした。 暖かく、脆く、それでいて重い何かの感覚だった。握って仕舞えば手に染みてしまいそうなほど危ういような、何かの感覚だった。 陽に照らされた僕の手にはひとつ、小さな卵が乗っていた。 あの二羽の鳥の卵だと、僕は思った。 抱えてしまった無力な命を陽に晒したままで、僕はしばらくぼうとしていた。 そんな、夢を見た。
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