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第3章 夏
第3章 夏 6/23
ある、夏の夢を見た。
初夏、僕の乗るこの路面電車内には人の姿はない。
随分と古めかしい一両車両は、僕ひとり居座るには丁度良かった。
目の前に広がる緑の絵画は陽の光を放つ。
流れる景色は竹藪を抜けていく。時折竹がちらり、ちらりと光が点滅しては瞳を叩くから、堪らずその度に瞬きをしては懲りずに景色を眺め続ける。
普段は亡霊の様にぼんやりと反射する表情も、天気のいい今日は現れることなく身を潜めていた。
見慣れた景色へと帰省する。
やがて列車はゆるやかに速度を落とすと、駅への到着を報せた。
「ーーー」
そうか、僕が降りるここはーーー駅というのだ。と思った。
電車が完全に停車をするまで立ち上がらず、履いた袴が揺れるのを辞めてから僕はゆっくりと立ち上がる。そうして袴の裾に躓くまいと思いながら、電車をゆっくりと降りた。
そのまま駅を出て、慣れない着物に少し戸惑いながら街並みへと降り立った。
外景は未だ古めかしい、と思った。街並みの景色はモダンがかった寫眞を見ているようだ。けれど、歩く人々はそれと非対称にヘッドフォンや、マスクなどをして歩いている。その様子は都心部の喧騒さえ彷彿とさせるほどで、そのアンバランスな様には非現実的なイメージを彷彿せざるを得なかった。
と。突然、目的意識が頭を殴った。
“そうだ、私は何かを探しに此処へ来たのだ…”
上手く思い出せなかったが、僕が今何故ここにいるのかは理解ができた。
それから、僕はその「何か」を探して街を歩いて回った。
ぼんやり、ぼんやりと通りを彷徨っては引き返し、また別の通りへ入ってみては引き返しを繰り返した。
例えるならその感覚はマリオネット。漠然とした目的意識のままに眺める世界は、どうにもこうにも面白くなかった。
__夢を見ているのならば、実感もなにもあったものではないが。
気が付けば夕暮れが街を覆っていた。
かつての人だかりは消え失せ、僅かに残った人々を斜陽が柔らかく照らしている。
もう少し電車に揺られていればよかった、と諦めた時だった。
斜陽に照らされ遠く、誰かの着物が光って見えた。
駅の構内、線路の向こうに見覚えのある誰かが立っている。
矢絣模様の白い着物が斜陽に光って、微笑んでいる。
濁った池に一際明るい色の鯉が泳ぐように、遠く駅の構内、反対車線に白百合が咲いていた。
「リリイ」
囁く様に、僕の体が小さく鳴いた。
僕の体は走り出した。
息は簡単に切れてしまうから、それさえ鬱陶しく思いながら目の前の少女だけを見つめて今にも枯れてしまいそうな少女の面影を追いかけた。
僕はあのハイカラ衣装の少女を知らなかったけれど、体の動くままに最早死んでしまったも同然な心を委ねていた。
彼女は、生きている。
彼女は、生きている。
彼女は、生きている。
やっとの思いで構内に着いた時には、彼女はもう姿を消していた。
わずか数秒前に発車した電車はもう遠くに見えた。
息を整えながら、行ってしまった路面電車の方ばかりを見つめた。
チュンチュン、とスズメの鳴く声ばかりが構内に響いていた。
見上げると、一羽のスズメと目が合った。
日陰になった柱に座って僕を見つめる彼は__恐らくは僕の事情を何も知らないだろうな、と思った。
「素敵な鼻歌が、聞こえたものだから」
いたたまれず声を掛けると、スズメはチュン、と小さく鳴いた。
目尻に可愛らしい模様を浮かばせて、スズメは微笑んでいるようだった。
そんな、夢を見た。
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