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 誘導棒のスイッチを入れると、薄暗くなった道路に輝く光が昼間よりずっと(まぶ)しくなる。  数メートルおきに設置したナガレ工事灯は随分(ずいぶん)前に()いていたようだった。  色鮮やかだったフェンスとカラーコーンは闇に溶けていき、点在する光が車の流れを作っていく。  肺の中の空気を絞り出し、吸い込むと(むせ)るような排気ガスの臭気が体内に広がっていく。  車の体臭とでもいうべき石油の燃えカスが、鼻を突き意識を朦朧(もうろう)とさせる。  申し訳程度に、時々腕を振り上げ惰性で誘導棒を振りながら、ぼんやりと車の列を眺めていた。  大型トラックが鼻先を猛スピードで通り抜けると、足元のアスファルトがドシンと身体を突き上げる。  ターボを利かせたスポーツカーのエキゾーストノートでハッと我に返り、またぼんやりと道路の彼方へ目をやった。  日がな一日道路に立ち、腕を振る仕事。  とりあえずで探して、始めてみたものの面白みのかけらもない単純作業だった。  この前などは、数キロにわたる渋滞が起きて、車が立ち往生していた。  渋滞で問題になるのはトイレである。  半狂乱になって騒ぐ人もいて、クラクションが鳴り始めると苛立ったドライバーが連鎖的に鳴らし始めた。  工事現場の連中にも苛々がうつって、怒鳴り声がした。  渋滞くらい我慢しろよ、と思いながら極力誰とも視線を合わせないように空の方を見ていた。  警備員は話をしないし、表情も変えない。  誰もがそう思っているだろう。  だから、突っ立ったまま遠くを見ていた。  右足に体重をかけ、腰が疲れたら反対に体重を乗せる。  作業員の芽がないことを確認してから首を回したり、足を伸ばしたりする。  見られてもどうと言うことはないが、ロボットのように立っているものだと思われているだろうから、自分なりに気を使っていた。
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