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数字が上から下へと流れていく。
暗い画面に同じような数字が並び、薄暗い部屋の中で飛び交うように動き回る。
男がマウスをクリックすると緑色の線がしなり、ところどころ赤や黄色に変わる。
その線は左から右へと流れていき、下へ、そして上へと揺らぐ。
余部は小さく嘆息すると、椅子の背もたれに体重を預け天井を見た。
毎日グラフと向き合い、経済ニュースにすべて目を通し、売り買いを続けてきた。
安定したアセットもあるから生活には困らないし、世間で言われるほど浮き沈みはない。
投資のイメージが悪いのは、悪徳業者や詐欺を働く犯罪者のイメージと、島国で他国の通貨や株式で運用する習慣がないからである。
投資で失敗する人は、短期的な利益を思い描いて失敗する。
無駄な売り買いを繰り返し、取引所に手数料だけをたんまりと献上するのである。
きちんと勉強して、利益を産む仕組みを知っていれば、これほど安定した仕事はないのである。
特定の企業に属さず、実力で年収が決まる業界に憧れて、若い頃は遮二無二頑張った。
だが最近では単調な作業に倦んでいた。
グラフはどこまでは伸びていく。
拡大しても、縮小しても、似たようなパターンを描き出し、上がった下がったと一喜一憂する人類をあざ笑うかのように、同じ波が繰り返されていた。
ふと、天井の先にぼんやりと意識を飛ばした。
宇宙からの波動が、地球上に経済の波を作り出しているのではないか。
素粒子の世界である宇宙は、地球上の物質にも繋がっている。
ミクロの世界でも星が点在し、重力で引き合い回転しているらしい。
ならばこの肉体は、宇宙の一部である。
経済の動きは予測できないと言われている。
評論家や大学教授が権威を振りかざして記事を書いていても、大抵は昔の成功例を引き合いに出した結果論である。
明日の状況さえ正確に予想できない人間は、宇宙の波動の中で翻る木の葉のように頼りない。
来るか来ないかわからない大変動に怯えてグラフを見続けるだけの自分にとって、目を閉じることさえ勇気がいる作業だった。
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