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 目を開けると、薄暗い荒野に立っていた。  (さび)た鉄のように赤い岩が転がり、遠くにとてつもなく高い山が見える。  男は鶴ヶ谷 光延(つるがや みつのぶ)という名だった。  縁起のいい鶴が谷を越え、光が延びていく。  美しい日本の情景を感じさせる名に満足していた。  だが社会に出てみると、仕事で失敗し叱責されて(くさ)って辞め、アルバイトを転々とするようになってしまった。  どこにいるのかは分からないが、何もないと心地いい。  結局歩いて行けば街に出るだろう、などと思い少し光が差している方向を目指して歩き始めた。  しばらくすると、頭上に柔らかいチューブのようなものが何本も交差して、暗い空に解けていくように層をなして連なっていることに気づいた。  左手には、昼間使っていた誘導棒が真っ赤な光で辺りを照らしている。  高輝度LEDの輝度は、足元を照らして歩くには充分だった。  真っ赤な荒野に赤い光が、岩を踏みしめて進む。  かなり歩いてきたはずだが風景はまったく変化しない。  遠くに月のような大きな星が3つ。  他には無数の星に混ざって、幾筋かの流れ星。  それらがチューブで欠けている部分も、変わらない。  歩いても無駄なのではないか、そんな思いが()ぎる。  街に戻りたいとか、家で眠りたいとか心細い気持ちはなかった。  岩だらけの見たことのない風景が、心を和ませていた。  不意に、頭上に黄色い筋が伸びてきた。  地平線の彼方から、頭上を超えてまた彼方へ消えていく。  光の筋のように真っ直ぐに。 「ここで、何をなさっているのですか」  背後から声をかけられ、飛び上がるほど身体が硬直し心臓が跳ね上がる。  振り向くと、(うつ)ろな目をした若い男が所在なく視線を彼方にやって、突っ立っている。 「何をだって、そんなこと。  なぜ聞くのだ」  少し憮然(ぶぜん)とした口調になってしまった自分に違和感があった。  知っている人間ではなさそうだった。
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