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6
「姉ちゃんのイキ顔、可愛いな……。色っぽい……」
「……………………」
もう遅いが、私は顔を腕で覆った。
「姉ちゃん……! 姉ちゃん……!」
ヨータは、ぐったり横たわっている私の背中へ腕を回し、掬うように持ち上げた。気づけば、私に刺さったままの陰茎が、すっかり硬く戻っている。
「くっ、ん……!」
ヨータの膝の上に乗せられ、改めて深々と繋がる。向かい合う格好で垂直に貫かれて、思わず声が漏れた。
「ちょ……! もう、十分でしょう!? やめ……!」
私が厚い胸板を押して拒んでも、ヨータは構わず私を抱き締めた。大きな手が私の後頭部に移り、優しく押さえつける。
「姉ちゃん……」
ヨータは私に口づけた。――あれだけのことをしたくせに、弱々しいキスだった。
「もう、離してよ……!」
「俺、二回連続ですんの、初めて……」
私の懇願は、ヨータには聞こえていないようだ。
ていうか、するの? このまま?
「やだ……!」
逃げようとするが、頭をがっちり掴まれたままだった。また唇を奪われ、舌を吸い出されたかと思うと、甘く噛まれる。溢れた唾液が互いの口を行き来し、それをなにかの儀式のように交互に飲んだ。甘露のように、ひどく甘い……。
「姉ちゃん、姉ちゃん……」
ヨータはうわ言のように私を繰り返し呼んで、腰を縦に揺らした。
「もっと奥に入りたい……っ! 姉ちゃんの全部、犯したい……!」
「も、う……」
声を出すのも億劫だった。疲れ果て、抗うこともできない。
自分の身に起こっていることも、現実だと思えなくなってきた。
ヨータはまるで、人形遊びに熱中している子供のようだ。
「止まらない……っ! 姉ちゃん……!」
ヨータはベッドの側面の壁に私の背中を押し当てると、私の膝の裏に手をやり、持ち上げた。
「やめて……!」
大きく股を開かれ、壁に貼りつけられた私を針で刺すように、ヨータは腰を激しく突き出す。大量の体液に塗れてぬらぬら光る肉の棒が、私の膣内に出たり入ったりする様が見えた。
「姉ちゃん、好き、好きだ。ずっとずっとずっと。ずっと前から、姉ちゃんだけ……! 俺、姉ちゃんじゃないとダメなんだ……!」
「そ……!」
「誰のものにもならないで……っ! 俺の、都、さんでいて……! 俺だけの、俺だけの……っ!」
駄々っ子のような告白を聞かされて、ガクガク揺さぶられて。
頭の中も性器も、ヨータでいっぱいだ。
悔しいのに、あいつのことしか考えられなくなる。
「あっ、あああああっ!」
壁に爪を立てて堪らえようとしたが、私はまたもや絶頂に引きずり上げられてしまった。
「姉ちゃん……!」
ほぼ同時に、私たちは達した。
そのあとヨータは私をベッドに寝かせてくれて、ようやくこれで終わったと思ったのに……。
またもやなんだかんだと体を弄ばれ、結局明け方まで、奴の暴走につき合わされるハメになった。
気を失うように眠ったのち、目を覚ますと、既にヨータの姿はなかった。
ヨータに襲われた――あの悪夢のような夜からしばらく、不破さんから連絡はなかった。それまでは一応毎日、簡単なメッセージをやり取りしていたのだが。
ヨータとやらかしてしまったことが、不破さんを裏切ってしまったような気がして、私から連絡を取ることはできなかった。
ようやく不破さんから連絡をもらったのは、ラブホテルで妙な別れ方をしたあの夜から、五日後のことだった。
メッセージがきた翌日、私たちは仕事帰りに会うことになった。
「本当に、どうお詫びを申し上げたらいいか……」
開口一番そう言うと、不破さんは私に何度も何度も頭を下げた。
単刀直入に言えば――不破さんにお子さんが生まれたそうだ。母親は、前妻さんである。
離婚するとき、不破さんの奥さんは妊娠していたらしい。しかしそれを告げずに別れ、そして最近になって出産したのだそうだ。
私は法律には詳しくないのだが、離婚後数ヶ月内に生まれた子供は、前の夫の子供として扱われるらしい。
その手続きのための書類を送ってほしいと、前妻さんが不破さんのご実家に依頼したことで、今回のことは発覚した。
前妻さんは不破さんのお母様に対し、「養育費等はいらないし迷惑もかけないから、子供が生まれたことは不破さんには黙っていて欲しい」と頼んだそうだ。
あとから聞いたところによると、前妻さんはお子さんの親権を争うことを恐れたそうなのだが、もちろん父親である不破さんに内緒などと、そんなわけにはいかず……。
「参りました……。そりゃ別れたとはいえ、生まれたのは僕の子供ですよ!? 手続きすればそれで終わりなんて――せっかく生まれてきてくれた子供に会えないなんて、酷すぎます!」
そして不破さんは、元奥さんのところへ突撃したのだそうだ。
元奥さんは、離婚と同時に仕事を辞めて、実家に戻っていた。
「また凄まじいケンカになるんだろうなと、覚悟して行ったんですが……。彼女、すっかり変わっていました。『赤ちゃんが幸せな人生を歩めるよう、それだけを考えて話し合いましょう』って穏やかに言われて……。あれだけ仕事に夢中だったのに、彼女いわく、『今は子供のことしか考えられない』そうです」
そして二人でよくよく相談した結果――やり直すことになった、と。
だから今日は、結婚を前向きに検討していた相手である私に、謝りに来てくれたのだ。
「わざわざ、ありがとうございます」
振られてしまったというのに、不破さんを恨む気持ちは微塵も湧いてこなかった。ただただ、赤ちゃんいいな~と、羨ましいだけだ。
「ご夫婦が末永く仲良く、お子さんが健やかに育ちますように。どうぞお幸せに」
心からそう願ってお祝いを述べると、恐縮しきっていた不破さんも最後には微笑んでくれた。
「僕がこんなことを言うのも、かえって失礼かもしれませんが……。僕はあなたと結婚したいと思っていました。自立していて強く、女性らしい可愛らしさもある、あなたはとても魅力的な人です。そんなあなたに相応しい、素晴らしい男性と出会えることを祈っています」
「ありがとうございます……」
お世辞もあるかもしれないが、私は不破さんの言葉に励まされた。
――それで、十分だった。
不破さんと別れてからは、まっすぐヨータの家へ向かった。あいつのご両親はこの時間、お店に出ているはずだ。
インターホンが鳴って、玄関ドアを開けると、そこに私が立っている。ヨータは驚いていたが、すぐに諦めたような複雑な表情をして、私を迎え入れてくれた。
久しぶりに通されたヨータの部屋は、懐かしい匂いがした。メンソール系の男臭い香りが少し混ざっていて、生意気である。
「なんの用?」
勉強机前の椅子に乱暴に腰掛け、ヨータは不機嫌そうに尋ねた。
「俺を怒らせたら怖いぞ」とでも言いたいのか、威嚇のオーラがぷんぷん噴き出ている。
――バカか。ヨータごときに怯む私と、思っているのか。
「あ? やり逃げするつもりだったんか、オマエ」
ドスを効かせた声で逆に聞き返すと、ヨータは身じろぎした。幼い頃から培われた上下関係は、ちょっとやそっとでは揺るがないのだ。
「――俺に、どうしろっていうんだよ」
「逆ギレか。本当にどうしようもないクズだね、あんた」
「……………………」
ヨータは黙り込んでしまう。
「あんたはなにも考えなかったの? 私にひどいことをすれば、あんただけの問題じゃ済まないって。ご両親も悲しむだろうし、うちの親だって黙っちゃいない。仲の良かった上月家と橘家の関係は、めちゃくちゃだよ。光也だって、ドン引きするだろうし」
「…………………………………………」
家のことを持ち出すと、ヨータは遂に下を向いてしまった。
常識のあるいい子は周囲に迷惑をかけたくないと思うものだから、自分以外の事情を持ち出されると弱いのだろう。
「あ……、謝ればいいのか……? 俺は、警察に突き出すとか、裁判だとか、なんでもやってくれていいけど……」
「だから、イキるなっての。あんた、そういう立場じゃないよね?」
「だって、やってしまったことは、取り返しがつかないだろ……?」
私は腕を組み、片眉を上げた。
「――そういうとき、私はどうしろって教えたっけ?」
ヨータは私から視線を逸らし、もごもごと歯切れ悪くつぶやいた。
「誠心誠意、謝れって……」
「じゃあ、やんなよ。ほら、早く」
「姉ちゃん、俺が謝れば、許すのか?」
「どうでしょう? でもあんたのためじゃなくて、あんたのご両親のために、水に流すかも」
「……………………」
「ご両親のために」という言葉が、決定打だったようだ。なにかに苛立ち、荒ぶっていたヨータは、ようやく矛を収める気になったらしい。ぺこりと、奴は形ばかり頭を下げた。
「なにそれ、ふざけてんの? 土下座しなよ、土下座」
「……………………」
私がそれくらいのことを言うのは、予想がついていたのだろう。ヨータは素直に椅子から下りると、床に正座し、丁寧に腰を折った。
「……申し訳ありま」
最後まで言わせず、私はヨータの胸ぐらを掴むと、間髪入れずその頬をビンタした。
「……!」
避けようと思えばできただろうに、ヨータはなすがままになっている。
ヨータに暴力を振るうのは、彼が子供の頃、弟と組んでくだらないイタズラをしたときにくれてやったゲンコツ以来だ。
それにしても、よく言われていることだけど、殴るほうの手も痛いって本当のことだった。
――硬い顔しやがって。私はじんじんする手を、ぶらぶらと振った。ヨータにはあまりダメージを与えられていないだろう。
でも、まあいい。スッとした。気が済んだ。
「これでこの話はおしまい、ってことで」
私はヨータを突き飛ばすように解放した。
「こんなのでいいのかよ……。みゃー姉ちゃんにとって、その程度のことなのかよ……」
「……………………」
私は頭をかきながら、うなだれているヨータに背中を向けた。
――これが本当の性犯罪だったら、私は絶対にこいつを許さない。ただ薄汚い欲望を果たすためだけに、私を傷つけようとしたのだったら。
でも私は、ヨータがそんな奴じゃないと知っている。だからこいつはちょっと間違えただけなのだ、と。――甘いだろうか。
でも被害者は私なのだから、許す、許さないを決めるのも、私だ。
だいたい、私も悪かった。
――だって、全然気づかなかった。
弟みたいなもんだと、まるっきり眼中になかったのだ。
ヨータだったらまだ、お隣りで飼っている柴犬のタロウにこそ、オスのフェロモンを感じるくらいだったのだもの。
だが振り返ってみると、そういえば――ということは、多々ある。
やたらとバレンタインのチョコを欲しがったり、私が男とつき合い出すと変に攻撃的な態度になったり。
先入観というものは、人の目を曇らせる。
つくづく私は、二人の弟を下僕のように従えて得意げになっていた、ダメな姉ちゃんだったと思う。
「俺なんか、許さなくていいのに……」
「はあ? なにをされたか誰にも言わないだけで、あんたのことは許さないよ、一生。――だからあんた、生涯かけて償いなよ」
私は振り返ると、ヨータの前にしゃがんだ。
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