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「売れない売れないうっさい! ヒットソング出せばいいんでしょ! 出せば!」
社長机を叩いて啖呵を切る。
丸眼鏡のぽっちゃり社長は小ばかにするように言った。
「それができるなら契約解除は破棄しよう。できるのかな?」
チラリと横を見るとマネちゃんは首を横に振って「コトネちゃん無理、無理ですよ無理!」いた。
担当アイドルを信じなさいマネちゃん!
「ええ、やってやるわ!!」
宣告するとぽっちゃりメガネ社長は鼻で笑う。
むかつく!
「まあ、期待してるよ。ああ、そうだ。人件費も削減したいから、コトネちゃんが売れなかったらマネージャーの君も一緒にクビってことで」
「……ええ私もですか!?」
私のアイドル生命を掛けた戦いが今始まる。
貧乏アパートの一室で真っ白なノートを前に私は頭を抱えていた。
「あの社長……まさか作詞家もあてがってくれないなんて」
私の戦いがさっそく終わりかけていた。
アイドルの仕事は歌って踊ることじゃないの!?(※個人の感想です)
「だから無理って言ったじゃないですか。あの社長が売れないコトネちゃんにお金出してくれるわけないでしょ?」
同じくノートを広げているマネちゃんが偉そうに……この人求人雑誌広げてるぅ!?
「うえーん! マネちゃん見捨てないで! 助けてよ~~!」
膝に泣きつくと、彼女はため息をついて求人雑誌を閉じた。
「まあ、どうせクビなら足掻くだけ足掻きましょうか」
と、マネちゃんは私を膝から退かして立ち上がった。
「へ? どうしたの立ち上がって? 売れる歌詞を考えるんじゃないの??」
「いや1時間も頭を悩ませて一文字も進んでないじゃないですか。こういう時は体を動かすんです」
行きますよと、貧乏アパートから連れ出される私。
一体どこに……。
「はいそこ! 音程合っていませんよ! ビブラート意識して! はいはい!!」
連れて行かれたのは駅前のカラオケチェーン店。
「はぁはぁ……か、監督、も、むり、です!! てか、なんでマネちゃんがボイストレーニングの先生みたいなことを……」
私は汗だくで声も枯れ始めている。
もう2時間は歌いっぱなしだろうか。
「私は監督ではありませんマネちゃんです。昔アイドルを目指していた時期もあったので……。おっと、しゃべっている暇があったらのどを震わせてくださいコトネちゃん?」
間髪入れず入る次曲のイントロ。
マネちゃんがアイドル目指してたって初耳……いやいや。
私は流石に曲中止ボタンを押した。
「カラオケしてる場合じゃないってマネちゃん! 売れる歌詞考えないと……」
問いにマネちゃんはすっと目を細める。
「コトネちゃいいですか? あなたはビジュアルはいいですし、ダンスもうまい」
「え、え……そりゃぁ、アイドルですから。えへ、へへへ」
「ですが歌は可もなく不可もなく。雑音でもなければ誰かの心にも響きそうにない、平坦でひっかかりのない、面白みもクソもない。そんな歌声をしているのです」
褒められた喜びが一瞬にして灰と化す。
「……どうせ私は売れないアイドルなんだ」
ソファーの上で体育すわりをした私。
その肩をマネちゃんが優しく叩いた。
「弱点は誰にでもあるものです。問題はそれをどう克服するか。ヒットソングを生み出すのに歌声は最重要要素ですからね」
私は気づいた。
気づかされた。
「マネちゃんは私の弱点を克服させようとしてカラオケに?」
真剣にうなずくマネちゃん。
「さあ、時間がありませんコトネちゃん! まずは弱点克服! それから売れる歌詞を一緒に考えましょう。あのぽっちゃりメガネ社長に一泡吹かせてやるのです!!」
「りょーかい! ……でも、ここからはマネちゃんも一緒に歌わない? せっかくカラオケに来たんだし」
一人で歌い続けるのはさみしいし、ルーム料金二人分払っているんだからもったいない気がするのは……私が貧乏だから?
「……そうですね。聞いて覚えるという方法もあります。アイドルを目指していた私の実力を見せてあげましょう」
マネちゃんはマイクを握る。
「そうこなくっちゃ!」
そして、私達は歌いまくった。
外に出ると、とっぷりド深夜。
火照った体に夜風が気持ちよかった。
「結局カラオケを楽しんだだけでしたね……」
夜空を見上げポツリとマネちゃん。
「まあまあ、大分私の歌唱力は上がった気がするわ! それにまだ時間はあるんでしょ? 大丈夫よ! マネちゃんと私なら必ずヒットソングを生み出せる! そんな気がするの」
「…………いえ、それが」
マネちゃんは歯切れ悪く目線を反らした。
「ふふん、照れてるの? そりゃそうよね、私アイドルだもの!」
アイドルに見つめられて照れない人間はいない(断言)。
胸を張ってみせた私に、マネちゃんは目を伏せながら、すっとスマホの画面を見せてきた。
「これ、数時間前のメールです。カラオケに夢中で気づきませんでした」
「ん? なになに?」
それは社長からのメールだった。
その内容をかいつまむと、『1日以内に歌詞の提出を求む! 出来なきゃクビ』というものだった。
「ふぁ!? 1日って作詞ド素人の私達に何言ってんのこのぽっちゃりメガネ!!」
「社長はコトネちゃんにチャンスを与えるつもりなんてなかったんです。あの時点で契約解除は確定していたのでしょう」
「え? え? はは、なによ、それ……」
最初からあの社長の手のひらの上で踊らされていた。
その事実を飲み込むにはあまりにショックで、私の頬を幾筋も熱い涙が零れ落ちる。
マネちゃんがその胸に私の頭を抱き寄せた。
「大丈夫です。私も一緒にクビです。コトネちゃんは一人じゃない。一人になんてさせません。新しいオーディションとか、会社とか、一緒に探しましょう。私があなたを売り込んでみせますから……」
よしよしと頭を撫でられて、私はマネちゃんの薄い胸で静かに泣きじゃくった。
深夜の歩道でまるで別れを惜しむ恋人のような状態だったけど、見る人はいなかった。
「……泣いたらおなか空いたわ」
落ち着きを取り戻した私はしょぼくれる目元を拭いながら告げる。
「この時間は居酒屋くらいしか……」
「いい、飲むわよ……酒」
私達は赤い暖簾を目指して歩き始める。
数分も立たずに居酒屋を見つけ、入店。
2人して酒におぼれる。
「売れない売れないって、やかましいのよあのぽっちゃりメガネわぁ~!」
「そうれふ! コトネちゃんはちょっと歌が下手なだけで素材はいいのに~」
「歌がへたはよけいよぉ~! おじさ~ん! 中ジョッキもう二つ!!」
「えだみゃめもつけてくだしゃい!」
「お客さんたち飲みすぎだよ……」
困り顔の店主が中ジョッキと枝豆を席に運んでくる。
「もんくあるのぉ? わたしはぁ! あいどるよぉ!!」
「そうれふ! コトネちゃんは売れないアイドルなのでふ!」
他にお客さんがいないからだろう。店主は「ほどほどにね」と厨房に引っ込んでいく。
「マネちゃ~ん、売れないは余計でしょぉ~!」
「酔っぱらってるんれふかぁ? さっきは歌が下手って言ったんでふ!」
「そっかぁ! ならよしぃ! 気分がいいから歌っちゃうぁ~! あ~なんて理不尽な世の中~! 私達は~! それでも歌う~~ はぁッ、どっこいどっこい!」
「凄い美声じゃないれふか! 心に引っかかる歌声でふ! ああ! いいこと考えまふたぁ! 今の録音してシャッチョサンに提出してやりましょう~」
「お~、マネちゃん流石ぁ~。じゃあ、一番は理不尽への嘆き、二番は怒り、三番で前を向く感じに歌う~!」
「よ! ていへんアイドルぅ!」
「えへえへえへへへ……それじゃあコトネ、歌いま~す!」
「ロックオーン、しゅたんばーい!」
残念ながらこれ以降の記憶は思い出せない。
翌日、猛烈な二日酔いに耐えながら社長室に向かう。
社長に呼ばれたのだ。
どうせ契約解除なのだから無視しようと思ったが、マネちゃんも呼ばれたということで、私は社長にマネちゃんだけでもクビを撤回できないか直談判するつもりで会社に足を運んだ。
ノックをして社長室に入ると、マネちゃんは先に来ていた。
マネちゃんの視線の先で、ぽっちゃりメガネ社長は煙草を吹かしながらパソコンを開いて何かを聞いている。
酩酊しているような音程に、世の中への不満を煮詰めた地獄みたいな歌詞、放送禁止用語ギリギリの言葉の羅列と、どこか癖になる美声……。
「アレ、昨日居酒屋でコトネちゃんが歌ってた歌です……」
こそっと私に耳うつマネちゃん。
ナンデスト? この美声が私?
「なんとなくしか覚えてないんだけど」
てか、アイドルが口にしちゃいけない単語と汚い言葉ばかり! 本当に私が歌ったの??
「コトネちゃん途中からトランス状態で歌ってましたからね……どうやら私も酔ってて、録音したのをそのまま社長に提出しちゃったみたいです……」
そこはまあ、提出期限2日とか言った社長が悪いので気にしない。
「で、なんで今更呼ばれたのか……わかるマネちゃん?」
「さあ、改めてクビ宣告ですかね」
こそこそ話していた私達に、音源を聞き終えた社長が真剣な目つきを向けてくる。
「これは本当に君の歌かね?」
「え、あ……ま、まあ……」
パチパチパチ。
社長は何故か拍手を始めた。
そこに嫌味な様子は全然なく、ますます私を混乱させる。
契約解除ならさっさと書類を渡しなさいよ……。
「いやはや驚いたよ。まさかたった二日でいままで培ってきたアイドル像を破壊し、新たなる道を切り開くとは……王道ではないが、これは十分ヒットに値する歌だ」
「は?」
拍手は止まない。
このぽっちゃりメガネ、急に何?
マネちゃんが若干声を弾ませて私に耳うつ。
「コトネちゃん! やりましたよ! 多分あの録音、社長のお気に召したんです! もしかしたら契約解除なくなりますよ! 私も転職先探さなくて済みます!」
マネちゃんうきうき。
「え……あれで? あんな酔っ払いの鼻歌みたいな歌で?? アイドルっぽさ0だけど……」
むしろそこが良いってこと? はえ~、世の中何が売れるかわからないわ……。
社長は真剣な面持ちで私に尋ねた。
「良ければ、どうしてこの歌が生まれたか誕生秘話を聞きたいのだが……」
マネちゃんと私は視線を交錯させ、頷き合う。
「……企業秘密です! ね、コトネちゃん?」
「そ、そうね! マネちゃん!!」
酔っ払って適当に作った歌だなんて、言えるわけないでしょが!
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