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 立ち上がった母親は、治安部隊の隊員や門衛のひとりひとりに礼を述べて廻った。  マヒワは倒れている隊員や門衛に駆け寄った。  自分の上着の袖を裂くと、出血の酷い門衛の傷口をきつく縛った。  やはり知っている顔だったので、マヒワは傷の手当てをしながら泣きそうになった。  そんなマヒワの行動を、オハムは、犯人を絡め捕った棒に寄りかかりながら眺めていた。 「おい、お前たち、手伝わないのかい」  オハムが遠巻きしたまま突っ立っている門衛たちに声を掛けた。  ことの成り行きが滑らかすぎて、呆然と眺めていた隊員たちが、オハムの一言で我に返り、慌てて事後処理を始めた――。  しばらくは、犯人を拘束して治安部隊の本部に護送したり、けが人を病院に搬送したりと、現場は慌ただしい雰囲気にあったが、次第に人が少なくなっていった。  治安部隊の隊員たちが現場検証を続けている傍らで、門衛たちはマヒワに礼を言おうとして姿を捜した。  マヒワは居住塔の現場からかなり離れた、城門の楼閣のところにいた。  しかも、マヒワひとりではない。  ぴんときた門衛たちは、我先にと駆け寄った。  駆け寄りながら、口々にオハムやマヒワの名を叫んでいる。 「なんだぁ、お前ら、騒々しい! 俺はな、いまお嬢さんを口説いてるんだよ!」 「だから、嫌だ、といってるでしょ! ここは犯行現場で、しかも、なんで今すぐなのよ!」  オハムは、付き合ってくれという意味ではなくて、仕合をしてくれ、と口説いているのだ。 「ずっと思い焦がれていたひとに、やっと巡り会えたんだぜ。もう、おさえられねぇや」
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