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 師範にぎろりと睨まれて、あわてて言葉遣いを変えるオハム。 「王都にいる名だたる達人たちはすでに仕合をしたそうだ。その結果……」 「ことごとく負けた、と」  オハムの答えに、師範が頷く。 「王国の武術は遊戯のようなものだ、と酷評されたので、この千刻流に名誉挽回を託されたのだ」 「それは……」  とオハムは、自分の顔を指さした。 「そう、お前がいるからだ。あちこちで面倒を引き起こしとるから、このあほうに勝る者はないと、お家元をはじめ、みんなが思い違いをしてな!」  そう言って、ガラムは苦虫を噛み潰したような顔をした。 「事実、お前は我が一門の中でも群を抜いて強いのだから仕方がない」  まことに腹立たしい――。  と、師範はまたぼやいて、「明日の朝、出立しろ。そうでないと間に合わん」と続けた。 「――承知しました」  オハムは最後になってようやく、神妙に返事をした。  ことの重大性に、ようやく気づいたようだ。  つぎの仕合で再び負けるようなことがあれば、オハム個人の問題では収まらず、この国全体の恥になりかねない。  ガラム師範が帰ってから、オハムは自分の部屋に籠もったきり、出てこなかった。  翌朝――。 「おとうとくん、がんばれ!」  と声を掛けたのは、ライラだった。 「おとうとくんが負けると、いちばん弟子である、あたしが恥を掻くんだからね! わかってる?」 「はい! いちばん弟子さんに、恥を掻かせぬよう、不肖オハム、がんばってまいります!」  オハムは長身を直立させて、ライラに応じた。
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