9/12
前へ
/56ページ
次へ
「テン――お疲れ様。無理をさせてごめんね」  帰宅したマヒワは、テンのからだを拭いて、休ませたあと、馬房に入れた。  その向かい側の馬房には、テンの母馬のツキがいる。 「……ツキ、久しぶりね。元気だった?」  ツキは高齢になったからなのか、近頃、体調によっては外に出るのを嫌がるらしい。  それでも、久しぶりにマヒワを見て喜んでいるようだった。  床を前脚で掻いて、早く来い、と言っている。  マヒワは、ツキの首を抱いて、優しく叩きながら、廻国修行のことを語り始めた。  マヒワは、馬たちがひとの言葉を聞いて理解していると信じている。  マヒワの話に聞き入るツキの眼差しは優しかった。  マヒワはツキの眼に母を見ていた。 「――思ったより早かったな」  声をした方に顔を向けると、マガンが立っていた。 「あ、父上。ただいま、戻りました」 「ずいぶん日焼けして、たくましくなったな」 「それは、乙女への褒め言葉とは申せませんが、うれしゅうございます」 「すまん、すまん。そうだな、マヒワも乙女であったな、ゆるせ」 「父上も、ご壮健でなによりです」 「うむ、あとでバンも見舞ってやれ。ふたこと目には『お嬢さま、お嬢さま』と、うるさくてかなわん」 「はい!」  マヒワのいないところで、バンがマガンに何を話したのか気になったが、廻国修行中の出来事は、マヒワから改めて報告する必要のないくらい、充分なされているようだ。 「バンを見舞った後で、居間に来い。今回の仕合について伝えることがある」  それだけ言うと、マガンは厩舎を出て行った。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加