プリムラの聖女は歌う

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 旅は終わり、ポリアンサの城に着くと私は彼女と引き離された。  敗国の聖女として、彼女を乱暴に扱う彼らに怒りを覚えた私の手を取り、聖女は微笑みながら首を振る。   数人の兵に連れ去られた彼女を再び見たのは、宮殿の大広間だった。  王の前に引っ立てられた彼女は、冷たい大理石の床の上に跪かされていた。  王が彼女に問う。「お前が、シネンシスの聖女か 」と。  王は彼女の力を見ていない。私が彼女に初めて会った時に言った台詞と同じ言葉に、ゾクリと冷たいモノが背中を伝った。  「早速、私と我が国のために歌ってみよ 」  両腕をそれぞれ兵に掴まれた彼女が顔をあげる。そして玉座を見て、この場に似あわない綺麗な笑顔を作るといつもの様に歌い出す。  騒つく広間が静まった。  広間に居る人々がうっとりと歌声に聞き惚れている。しかし、異変は直ぐに起こった。  いつもと違い、貴族達や兵、その場に居る者達が苦しみだしたのだ。  胸を押さえ、喉を掻き毟る。気がおかしくなって叫ぶ者、剣を抜いて暴れる者。同じなのは皆、目を剥き、血を吐いて倒れることだ。  金粉は降らず、代わりに黒い靄が広間を包んでいく。  阿鼻叫喚、地獄絵図、どちらがぴったりとくるだろうか。戦場を駆け抜けた自分でさえ、吐き気を催しそうだ。  ふいに、王に目をやると、丁度、口から血の泡を吹いて玉座から滑り落ちていくところだった。  その光景を、私は茫然と見つめていた。  自分の国を滅ぼされ、全部を失った聖女が何故(なにゆえ)(かたき)の国を癒してくれるなどと思っていたのだろう。    広間に居た者の全てが息絶えた時、聖女は歌うのを止めた。立ちこめた靄もどこかに吸い込まれるように消えていく。  聖女はその白く細い足で立ち上がると、大理石の床に転がる幾つもの(むくろ)を踏みながら、私の方へ向かって歩いてきた。  私は自分の耳から、城に着いた時に彼女から渡された粘土を取った。  彼女は聖女なんかでは無い。それでも、私は彼女から離れることは出来ないだろう。  たとえ、人々が彼女を悪魔と呼んでも……。  聖女は白金の髪を靡かせ、私に微笑む。私は少しの躊躇いも無く、彼女から差し出された手を取り、膝を付いた。                     《fin》 2024.5.26 執筆 公開  
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