ひかりのありか

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──鍵のない扉の前。拙劣な歌をうたう少年が居る。少年は歌をいとおしむような柔らかさをまなこに含むでもなく、ただ、うたっている、うたっている。 少年は願っている。固く閉ざされた扉が開き、外の世界を網膜に焼き付ける瞬間を願い、うたっている。 その少年はこどもらしく笑わない。少年は年端もいかぬうちから聡く、あまねく事象に諦めを示していた。 「他者へ向ける感情はその人間を圧し潰す」。 少年が信条としている言葉だった。いつかどこかの本で読んだそれは真理と呼ぶにはあまりに孤独で、的を射た話でもあった。 他者はいずれ必ず去る運命。何を期待することがあるだろうか、なにに希望を持つことがあるだろうか。期待も希望も度が過ぎれば毒となる。それならば無理に他人に向けることもない。 そう、思っていた。いや。思っている。 だが、だが。今ばかりは。 少年はうたう。「頼れるのは自分のこころだけ」と。 少年はうたう。「歩む道は自分で整えるもの」と。 少年は拙劣な歌をうたう。届け、とどけと。 声に魂を焦がすほむらを纏わせてうたう。 「前に進め、前に進め、前に進め」 「自分自身を信じて進め」 閉ざされた扉の向こうから、かすかな声が聞こえる。その声は少年の熱を孕んだ声に圧し潰され今にも消え入りそうだ。震えている。かぼそく、ふるえている。 『ぼくに進む力はない』 『だめなやつがいくら頑張っても変わらない』 「本当に進めないやつは言葉にすることも諦める」 「まだ、おまえは進める」 少年の声に帯びるほむらはどこまでも透明で、あまねくものを焼き尽くす熱を帯びている。扉の向こうでは細いほそい呼吸の音と、泣きそうに揺れた声がする。 『ぼくはだめなやつなんだ、みんながそう言う』 「自分自身を信じろ。他人の言葉はアテにするな」 『なら何を信じたらいいんだろう』 『みんながぼくのことを責める』 『だめなやつは何をやろうとだめなやつだって』 ──躍起になるよりも先に、声が、罅割れた。 「……おまえは、駄目なやつなんかじゃない」 かつてすべてを諦めた少年を救ってくれた優しく聡い善意の使者。手を差し伸べてくれた級友。その彼はいま、固く閉ざされた扉の向こう側に居る。 諦観の底に居る時に差し伸べられた手のあたたかさがどれほど嬉しかったか、少年は知っている。 だからこそ少年は、罅割れて無様な声で叫んだ。 「そこから出てこい!!おまえは、一人じゃない!」 喉元が悲痛に喘ぐ──ひぐ、と。しゃくり上げるような音が漏れた。感情の奔流が目元を灼く。 出てこい、出てこい。おまえは一人じゃない。 少年は願う。もう二度と斜に構えるような真似はしない、誰かが迷いの縁に立っていたら必ず助ける。だから声が枯れようとも希望を歌い続ける。 少年は誓う、繋いでくれた希望の糸を今度はこちらが伸ばす番だと。 「──っ!!」 少年は唇を噛み──そして、次の瞬間。 閉ざされた扉を思い切り蹴破った。 静かな空間に、硬く大きな音が響く。 少年は暗い部屋のなかに蹲っていた友人にそっと手を伸ばした。 そうして、告げる。 「道は一人で整えるもの。だけど、俺とおまえの道はたしかに交わってる──かつて交わらせてくれたのはおまえだ。 だからその道が違えられるまで、一緒に進もう。 おまえは一人じゃない」 ──希望を歌え、明日へと繋げ。 それは必ず大切な人の救いとなる。
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