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マリは、娘――アオイが生まれた後から少しずつ心を病んでいき、今は精神病院に入院している。かなり精神に異常をきたしていて、特に自分の娘が分からなくなっているようだ。
アオイが見舞いにくると激しく暴れるため、もう長いこと会わせていない。
家を守っていたマリはいなくなってしまったが、俺は特に困っていない。
高校生になったアオイが、家のことをしてくれているからだ。マリが教え込んでいたのか、娘の家事は完璧だった。
晩ご飯が終わり、食器をシンクに運ぶ娘に向かって、俺は礼を言った。
「アオイ、母さんの代わりに家のことをやってくれて悪いな。いつもありがとう」
アオイはソファー荷座る俺を見てニコッと笑うと、皿洗いを始めた。
礼を言われて嬉しかったのか、口元に笑みを浮かべながら皿を洗う様子が、対面式のキッチンからよく見えた。興が乗ってきたのか、水道を流す音に混じって鼻歌が聞こえてくる。
「~♪」
聞いたことがある鼻歌に、俺の肌が粟立った。
娘の鼻歌は、彼女が決して知るはずのない旋律を奏でていたからだ。
だってこの鼻歌を知っているのは、この世界で俺と、
死んだ前妻だけのはず――
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