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海里がセイレーンを連れてやってきたのは、過疎が進んで無人となった海辺の村だった。
――今日からここが僕らの住む場所だ。
セイレーンに向けて両手を広げる。
誰もいないから隠れなくていい、高くまで飛んで自分の姿を見せないよう気を付けなくていい。セイレーンにとって食料となる獲物もきっとたくさんいるし、海でとった魚を一緒に食べるのもきっと楽しい。
そう、ここは海が近い。
――海だよ、セイレーン。
あの国の海とは色も匂いも違うだろう。けれど生まれた場所に近い環境にいれば元気になりはしないだろうか。海里の耳には聞こえない波の寄せる音や岩に当たる音などが、セイレーンの耳には聞こえているのだろう。
セイレーンの目はきらきらと輝いていた。
――歌っても良いよ、セイレーン。
海里はセイレーンにそう告げた。
長く己にそれを禁じていたセイレーンは戸惑いを見せたが、海里はだいじょうぶ、と頷いてやった。
――ここにはほんとうに誰もいない。大きな声で歌って良い。たくさん歌って良い。
歌うことがセイレーンの本質だろう?
そう伝えると、セイレーンは息を吸い込んだ。
そうして、歌う。海に向けて風に向けて、海里の耳には決して届かない歌声を、星の輝く夜になるまで存分に歌い続けた。
この村には電車も通ってはおらず、住めるような家屋もロクになかったが、だからこそ移住するのにお金はほとんど必要なかった。はじめの数日は布団すらなかったのでセイレーンの翼に包まれて眠りについた。
暮らすのにも物品を手に入れるのにも不自由を要するようになったが、海里は満足していた。
毎晩のように歌を歌うセイレーンが、本来の生き生きとした姿を見せてくれるようになったのが何より嬉しかった。
だけど、なぜなのだろう。
そうして何年も暮らしていくうち、セイレーンの体は次第に透けていくようになってしまった。
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